●『終わりと始まり』
細い三日月と小さな星々が藍色の空にきらめいている。そんな空の下、誰もいない公園の池のほとりでとある男女が向かい合っていた。 今宵はクリスマス。末とアデライードの二人は、パーティに出席していた時の着飾った姿のまま、睦言を紡いでいる……わけではなかった。 彼らの間にあったもの、それはその華やかな出で立ちにそぐわない、妙に張りつめた緊張感。その口火を切ったのはアデライードであった。 「突然で悪いが、別れよう」 「ほんっきで突然だな」 唐突に別れ話を切り出されつつも、末は彼女から目をそらさず、アデライードの言葉に耳を傾ける。 「まぁ先月辺りから多少考えてはいたんだがな」 「ふむ……やっぱアレか? 俺がだらしねーからか?」 アデライードも熟考の末の事。しかし、彼女も本当の意図を口にするつもりもない。彼女は真顔のまま、ただ淡々と言葉を継いでいく。 「心当たりが有るようだ」 そう言われてしまい、末もつい口ごもる。先程から、末には冷や汗が絶えない。折角正装しているというのに、台無しである。 「ダンス会場で待たされたときはどうしようかと思ったが」 きっかけは些細なこと。アデライードは末がパーティに遅刻してきたことをうまく利用しているだけ。 「それは本気ですんませんでした、後日その借りは返させていただきます」 末はアデライードから漠然と何かを察して、あえて、彼女を問いただすような野暮な真似はしなかった。ただ、勢い余って土下座でもしそうな言い方になってしまったのは、末も自分で自分にちょっとだけ後悔した。 「そうか、それは楽しみにしている」 アデライードは彼女としては珍しくも鮮やかな微笑みを末に向けた。 「とりあえず、一発叩いて良いか?」 「わかった、待たせた分だな!」 末は男らしく潔く目を閉じた。 そして、次の瞬間響いたのは、気持ちいいくらいのビンタの音。アデライードの細い腕から華麗に繰り出された一撃は、末の頬にそれはそれは見事な紅葉の模様を作った。 「数カ月だが楽しかった、ありがとう」 「ああ、俺も楽しかった。後悔はしてねーぜ?」 頬の鈍い痛みはおくびにも出さず、末も応える。 「無駄に過ごした覚えは無いな」 「ま、これからもよろしくな?」 「ああ、宜しく頼む」 「おう、宜しく」 末とアデライードは互いに不敵な笑みを浮かべて、しっかりと握手を交わしたのだった。 今後は恋人から相棒として、彼らの別れを始まりへと変えるために――。
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