綾鷹・耀一郎 & 杏崎・ひさ乃

●『Mangeons un gateau ensemble』

「はい、あーん」
 フォークの先に突き刺され、口元に差し出された小さな塊。甘い香りを漂わせるそれを耀一郎は口にする。
「おいしいですか?」
「ああ」
 彼は、うなずきつつ答えた。彼が食べたのは、白い雪がかかった薪木。
 正確には、それは薪木の形をした『ブッシュ・ド・ノエル』。ふわふわのスポンジ生地にたっぷりと白いクリームをかけ、雪に見立てた粉砂糖や瑞々しい完熟イチゴで飾りつけされた、薪木を模したケーキ。耀一郎の横の恋人が買ってきたもので、それがふた切れ、目前の机の上に乗せられていた。
「じゃあ、俺も。あーん」
 耀一郎はお返しにと、自分の分から彼女へ……ひさ乃の口元へ、小さく切り分けたケーキを運んだ。
「はむっ……おいしいっ。やっぱり、あのケーキ屋さんのケーキは当たりでした」
 ひさ乃は甘さを堪能するように、嬉しそうにもぐもぐ口を動かす。
「……ったく、せっかくのクリスマスなんだから、俺の部屋なんかに来なくても良いだろうに」
 そうだ。じきに日が沈み、夜となる。今宵は外に出たら、どこででも二人で楽しい時間を過ごせるだろう。わざわざここに……耀一郎の部屋に来ることなどない。
 我ながら質素だと、彼は部屋を見て思った。ソファにテーブル、棚にベッドに机。家具はその程度。
 私物もわずか。目立つのは棚のぬいぐるみ……ひさ乃と遊園地に行った時に取ったものと、机の上の、写真立ての写真くらい。その写真も、師匠と一緒の一枚と、ひさ乃との一枚があるのみ。
 しかし、ひさ乃は首を振った。
「そんな事、ありません。耀ちゃんの部屋……わたしは好きですよ?」
「本当かい? こんな、なんもない部屋がか?」
「何も無い、わけじゃないです。ほら……」
 ケーキ越しに、ひさ乃は指差した。
 窓際。そこには、ケーキと異なるもう一つの木が存在していた。
 プラスチックの、小さなモミの木。ひさ乃が持ち込み、飾り付けてくれたもの。
「場所なんて関係ないです。わたしは、耀ちゃんさえいれば……どこでも安心していられるんです」
 そう言って、にっこりとする。
「……じゃ、ちょっとドキドキさせてやるよ」
 フォークを置き、耀一郎はひさ乃の肩に手を伸ばした。そのまま自分の方を向かせて、顔を正面からじっと見据える。
「……」
 驚いた顔をしたひさ乃だが、やがて頬を赤らめ、恥ずかしそうに視線を外した。
「どうだ?」
「……はい、ドキドキ、しました……」
 再び耀一郎へと視線を戻し、微笑むと……目を閉じた。
 夕日が窓から入り込み、二人の影を後ろの壁へと映し出す。
 伸びる二つの影は、次第に近づき……一つとなった。
 夕日が、部屋の中を赤く染め上げ、飾っているかのよう。
 影から、ささやきが聞こえてくる。
「耀ちゃん、……大好きです」
「ひさ乃、……好きだよ」
 とろけるような、甘いささやき。
 二人の一つになった影は、夜の帳が下りるまで……離れる事無く、溶け合っていた。



イラストレーター名:siron