●『Rosarotes Weihnachten』
その夜の美咲は、彼と会う前から幸せだった。 広々とした温室で開催されたパーティーの一角、大きなケーキが置かれたその場所で、セレモニースーツに身を包んだスルガが、ケーキを切り分けている。 美咲はそれを待っている間、ずっとスルガの姿を見つめ続けていた。 「ん? 何か俺の顔に付いているのか?」 ふと美咲の視線に気付いたスルガが、彼女の方を見る。 「は、え、いえ、何もないです〜」 見られた美咲は顔を真っ赤にしてかぶりを振った。緊張のせいか、いつもののんびりした彼女らしからぬ反応である。 だが本当に、彼女から見たスルガは格好良くて、美咲もまた自分なりに考えてリボンのついたワンピースドレスでおめかしはしてきたものの、なんだか本当に釣り合っているのか不安になってしまう程だ。 そんな彼女の胸中など知る由もなく、切り分けたケーキを白い皿に載せて、スルガがそれを美咲の前に置いた。 「お召し上がりください、お嬢様」 まるっきり執事の振る舞いで彼は言う。だがその所作に全く違和感はなかった。 美咲は、緊張しちゃダメだと思いながらも、全身を硬くしている自分を自覚せずにはいられなかった。しかし、スルガが見ている前でぎこちないながらもフォークを手にとって、出されたケーキを一口食べる。 すると、口の中いっぱいに甘さが広がった。その甘さは、彼女の意識の隅々まで行き渡り、硬くなっていた身体がそれで一気にほぐれた。 「ふぁ、甘くて美味しいですぅ」 美咲が、スルガにニッコリと笑いかけた。その反応が嬉しかったのか、スルガも優しい微笑みを返し、お茶の用意を始めた。 スルガの切り分けたケーキと、スルガの淹れたお茶を堪能して、美咲の心はすっかり幸せに浸っていた。数分前までの緊張が、まるで彼方昔のように感じられる。 美咲が、ケーキを食べていると、スルガがかすかに顔を近づけてきた。 「美咲、クリームがついているぞ」 彼は手を伸ばし、美咲の頬にその指先を触れさせた。 「ほへ。クリーム? どこ、どこ?」 と、首を傾げる美咲が、自分の頬に感じる温かな感触。 それがスルガのキスであると気付いたのは、一瞬呆けた直後のことだった。 「……はにゃっ」 美咲の顔が、一瞬で真っ赤になった。それを、スルガはやはり微笑んで見守っていた。 「え、えと……、ありがと、ですよぉ」 俯きつつもお礼を言って、美咲は背伸びをしてスルガの頬にお返しのキスをした。 「あ……」 スルガが小さく驚いて、それから美咲を見た。 美咲は気恥ずかしさに照れながらも、咲いた花のような笑顔を彼に向けている。 その笑顔と向き合うのがまた恥ずかしくて、スルガは彼女をそっと抱き寄せた。 「わ、あ、あぅ……、ん……」 驚き、慌てながらも、美咲はすぐにスルガの身体に自分の身を預けた。 お互いにまだ固さは抜けないながらも、しかし、二人は二人だけの幸せをそのとき確かに分かち合っていた。
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