●『五秒間のENDING』
「ねー、りちこ先輩ー。お願い! お願いしますっ!」 「しつこいわねぇ」 子犬が尻尾をふりふりまとわりつくように、白いコートの女の子の後ろを軽薄そうな男子がくっついて歩いている。 今市・直人、自称『イマイチな男』は、憧れの先輩である鈴木・りちこ嬢とデート中。 もっとも、デートと言っているのは直人だけであり、買い物に出かけたりちこに勝手についていき、『お願い』までして荷物持ちをやっているというのが現実なのだが……。 「そこの公園のベンチで膝枕がやってみたいです、やってみたいです!」 「そう。私はやってみたくないわ」 「お願いだー、後生ですだー、りちこ先輩ー、一生のお願い! 寒い中で荷物持ち頑張ったんだからさー、ちょっとでいいから!」 「……はぁ」 思わずりちこの唇から溜息が漏れる。 いつもこうだ。強引で図々しくて、パーソナルスペースにずかずかと入り込んでくる。 言ってみれば、どこに行くにもついて来ようとする困った弟、だろうか。 (「弟というほど、特別な感情があるわけではないけれど」) なおも執拗に迫ってくる後輩に頭を抱える。一体どう言えば理解してくれるのか。 「まず、論理的な話をすると、これはデートでは無いでしょう。それに、あなたが荷物を持ちたがるから、持たせてあげているだけ」 くるり、振り返り何度目かの拒絶を告げる。 人差し指を突きつけて、きっぱりと宣言。 「だから駄目よ、おかしな事を考えても」 「そんなことおっしゃらず! りちこ先輩の膝枕を! このイマイチな男に! 是非っ!」 ――だが、どうにも効果は無かったようだ。 直人の辞書に『諦める』とか『遠慮する』といった文字は存在しないらしい。 「……はぁ。まぁ、いいわ」 「え?」 「クリスマスだから、特別サービス。二度目はあるとは思わないように」 「マジで!? ってかマジで!?」 結局いつものように、根負けして言うことを聞いてしまう。 調子に乗らないように釘は刺しておくが、恐らく理解はしてくれないのだろう。 「うひゃっほう、生きててよかったー!」 全身で喜びを表現する直人に対し、りちこの視線は冷ややかである。 早く早くと急かす直人に引っ張られて真冬の冷たいベンチに腰を下ろすと、コートの内側からなぜかストップウォッチを取り出して宣言する。 「さて。許可するのは5秒よ。私が感触を受けた時点からね。それ以外には何もしないわ」 「はい! 宜しくお願いします!」 『おあずけ』をされた犬のように息を荒げ、太ももの上一センチの所から爛々とした瞳で見上げてくる後輩に、りちこは早まったかと少しばかり後悔したものの。 結局は仕方ないと諦めて、年下の犬コロにご褒美をあげることにする。 はたから見れば、仲睦まじいカップルか、あるいは仲の良すぎる姉と弟か。 直人の至福の時とりちこの受難の時は、あと四秒ばかり続くのだった。
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