大神・末 & アデライード・ラグレーン

●『タイトル:最後のキス、そして新しい関係へ』

 聖夜の晩餐会を終えた帰り道。
 横切った公園の、少し前の時刻まではおそらく恋人達で賑わっていたであろう、大きなツリーの前で、アデライードは足を止めた。
 末が首を傾げて振り返る。彼女は一度唇を引き結ぶと、濃い青色のドレスを風に揺らしながら、末をまっすぐに見据えた。
「突然で悪いが、別れないか?」
「ほんっきで突然だな」
 言葉の通りの切り出しに末は少し笑って、それからアデライードの表情が普段よりも硬いことに気付き、口許を引き締める。
「まぁ、先月辺りから考えてはいたが」
 その先を迷うように呟いてから、アデライードは続きを紡ぐ。
「卒業したら帰るつもりでいるが、一緒に帰ろうと思えないなと考えてな」
 凛とした声色に、末はしばらく返す言葉が浮かばない。ようやく「……欧州か?」とかすれかけた声が出て、アデライードは静かに頷いた。
 その潔い態度に、末の口許が自然と穏やかな笑みの形になる。
「そっか……アディは思ったよりも生真面目だったんだなぁ」
 末の言葉の意味はアデライードには伝わらなかったらしく、彼女は青い双眸を丸くした。軽く手を振って大したことではないと会話を流し、それからもう一度表情を引き締めた。
 アデライードも、迷いのない表情で、彼を見つめる。
 ああ、この距離が、この関係が、心地よかった。末は思って苦笑する。
「ま、構わないぜ? 1個だけ、俺の頼みを聞いてくれたらな」
「何だ?」
「最後だからって訳じゃねーけど……別れの口付けを?」
 おどけた口振りをしてみせると、アデライードは明らかな呆れを示した。
「今生の別れになる訳でも無し」
「いやいや、なんだかんだ言ってもアディのこと結構好きだったんだぜ? 一緒に行くのは俺も考えられねーけど、命を数回かけれる程度にはさ」
 本心を告げると、アデライードの表情が少しだけ和む。
「お人好しが。いつか足元掬われるぞ」
「違う違う、格好つけたいだけだってさ」
 言いながらも彼女の細い肩を抱き寄せる。アデライードはまだ苦い笑みをたたえていたが、緩やかに末に身体を預けると、ゆっくりと睫毛を伏せた。
 口付けを交わす。
 惜しむように、お互いを確かめるように。
 間違いなく、好きだった。そして、嫌いになって別れるわけではない。
 少し長めのキスを終え、肩を抱いたままアデライードの目を覗き込んで末は言う。
「次は本気で惚れたら奪いに行くな? 卒業まで時間があるならどーなるかなんか、わからねーしな」
 アデライードの目が笑った。言いながら、末の腕の中からするりと抜ける。
「どうだか。……数ヶ月だが楽しかった。ありがとう」
「ああ、俺も楽しかった、後悔はしてねーぜ? 付き合った数ヶ月は無駄じゃなかったとも思ってるさ」
「無駄に過ごした覚えは無いな」
「ま、恋人関係とかは終わったけど他じゃあこれからもよろしくな?」
「ああ、宜しく頼む」
 微笑み合って、それからふたりは硬く握手を交わした。



イラストレーター名:jun