芦屋・紡実 & 添嶋・喜兵衛

●『あたたかなしあわせ』

 パーティー会場を後にしても、街はまだ輝きの中にあった。
「凄いね、街全体がパーティーをしているみたい」
 紡実が辺りを見て、そんな感想を漏らす。すぐ隣を歩く喜兵衛も、感嘆の色が滲んだ声で「ああ」と答えた。
「去年も凄かったけど、今年も凄いな」
 去年、付き合ってから初めて迎えたクリスマスの夜も、二人はこの道を歩いていた。
 各所に設けられたツリーや、イルミネーションに彩られた街は、まるで虹のように煌びやかに見えたものだ。
 その記憶が、二人の中で鮮明に蘇った。
「そういえば、初めて手を繋いだのも、ここだっけな」
 喜兵衛が言う。その指は、いつの間にか紡実の指と絡んでいた。先に絡ませたのはどちらなのか。どちらも、かもしれない。
 手を繋いでみると、去年の情景がなお鮮明に浮かんだ。
 あのときは、手を繋ぐだけでも緊張して、二人して笑顔も固くなっていたように思う。
 けれど嬉しくて、だからこそ、覚えている。
 一年が過ぎて、あのときとは関係は少し進んで、少し変わって、けれど一緒に歩くことが嬉しいのは変わらない。むしろ、去年よりももっとかもしれない。
 人の波の中を二人で歩いて、やがて大通りの終わりが見えてきた。
 通りが終わって、その先にある十字路で二人は別れてそれぞれの家に帰る。それはいつも通りの帰り道であった。
 だが、今夜だけは少し違っていて……。
「…………」
「…………」
 二人は、しばし互いに沈黙していた。言いたいことはお互いにあるのだが。
 喜兵衛が何かを言うよりも早く紡実が、絡ませている指に少しだけ力を込めた。
 喜兵衛には、それだけで充分だった。
「……あ」
 紡実が、喜兵衛に抱き寄せられて、小さく声を出した。
 離れがたい。それは、彼も彼女も変わらない想いだった。
 紡実が顔を上げると、喜兵衛の笑顔がすぐそこにあった。
 気恥ずかしくて、彼女の頬が淡く染まる。
 目を閉じて、少しだけ背伸びをして。そんな彼女に、喜兵衛も応えるようにわずかに屈み、二人の唇が重なった。
 触れ合ったのはほんの数秒。唇はすぐに離れて、また、お互いの顔を見つめ合う。
 だが、離れ際に喜兵衛が紡実に囁いた。
「帰ったら電話するよ」
 囁かれた瞬間に紡実の中に溢れる温かな想い。彼が自分を大切に思ってくれているのが伝わって、もう、どうしようもなくて、彼女は喜兵衛を強く抱きしめた。
「おっと」
 喜兵衛も、紡実をしっかりと受け止めて、優しく抱き返す。
 最後に分かれる少し前、二人が同時に願ったことがある。
 それは、こんな願い。
 ――来年も、こんな幸せなクリスマスを迎えられますように。



イラストレーター名:スズキ