碓氷・宗一郎 & 宗一郎の蜘蛛童・爆

●『たまには二人でゆっくりと』

 穏やかに流れる時間を過ごすのは久しぶりのことだった。
 降り積もる雪は外の世界の出来事であって、今の自分達には少し遠く感じる。その美しさを愛でもせずに、宗一郎は目を細めると側にいた蜘蛛童へと視線を投げた。
 宗一郎の蜘蛛童・胡蝶は不思議そうに首をかしげ、紅の瞳で主を見返す。その仕草に宗一郎は微笑むとそっと手を伸ばした。
 今日はクリスマス。
 何かが起こりそうな聖夜――と言っても、どこへ出かける予定があるわけでもなく、宗一郎は胡蝶と二人、下宿先の自室でゆっくりと過ごすことにしていた。
 伸ばした手に頭をすり寄せる胡蝶の姿にこの上ない安心を覚える。それからふと、そういえば、あれはどこへやったのだろうと思い、その場から立ち上がった。
 そうして部屋の隅に置いやっていた鞠やら綾取りやらを持つと、相棒の隣りに座った。鮮やかな飾り刺繍が施された鞠には、菊の花と共に赤い蝶が描かれている。それを胡蝶の前へと転がしてやると、紅の目を持つ蜘蛛童は幼子のように前足で鞠をつついた。
「ここのところ……まともに遊んであげられませんでしたね」
 言いながら胡蝶の頭を撫でてやれば、蜘蛛童は嬉しそうに宗一郎の胸に甘えるようにすり寄ってくる。寂しかったというようにじゃれてくる胡蝶の頬を、手で優しく撫でてやれば、相手は幸せそうにもう一度、頭を寄せた。
 最近は何かと情勢が慌しかった上に、宗一郎自身が受験勉強をしていたせいで、まともにかまってやることができなかったのだ。その寂しさを埋めるように今日の胡蝶は甘えん坊だった。
「今日は存分にお相手致しますよ」
 そんな宗一郎の声に応えるように、胡蝶の足の一本がカツリと床を叩く。それはまるで遊びをおねだりする幼子の指遊びのようで、宗一郎はもう一度胡蝶の頭を撫でた。
 そういえばこうして二人きりになる、というのも随分と久しぶりだ。
 下宿にはいつも誰かがおり、それは結社にしても同じことだった。部屋には二人して寝に帰るだけで、こうして過ごしてきた『遊びの時間』を持つことも少なくなった。
「私にしても、胡蝶にしても」
 呟きながら再び胡蝶の頭を撫でてやる。
 この学園に来て以来、友人知人が増えた――それは一人だけの時や胡蝶と二人だけで過ごしていた時からは想像もつかない。それ自体はとてもありがたいことなのだと、わかっているからこそ、文句を言うつもりはなかった。
 それでも。
「……我侭なのは重々承知ですが、たまにはこういう二人だけの時間、というのも欲しくなるものです」
 ふっと微笑んで胡蝶の頭を撫でてやると、相棒は嬉しそうにすり寄ってきた。
 能力者として、受験生として、やるべき事はまだまだ多い日々。忙しいのはまだ少し続くだろう。
 だからこそ。
「今日くらいは良いでしょう」
 そう漏らした宗一郎の言葉に、胡蝶は可笑しそうに笑ったような気がした。



イラストレーター名:かかん