●『僕と一緒に地獄まで来てくれる?』
映画館の扉を出ると、吹き付ける風が金の髪を躍らせる。 「うう、寒いわね」 マフラーをきちんと巻き直しながらエストが言うと、扉を開けた当人──鏡介は「え?」ときらきらした目のままエストに振り返った。どうも彼は今、観終えたばかりの映画に興奮して、あまり寒さを感じていないらしい。 エストはガラスの扉越しに、今しがた観て来た映画のポスターを見つめる。 よくあるような、ヒーロー・アクションものだった。気弱な主人公と、少し勝気なヒロインとのラブストーリーを含みつつも、悪と戦い、勝利する。少し違ったのは、ヒロインが護られてばかりいるのではなく、主人公のパートナーとなり、共に戦うことになった展開だろうか。 「思ったよりすごく良かったですね」 「そうね。とても楽しめたわ」 嘘はない。よくあるような構成でありながら、エストもすっかりその世界に観入ってしまっていた。 エストが微笑むと、鏡介もにこりと笑って、腕を上げて主人公の真似をする。 「台詞回しがちょっと斬新でしたよね。『地獄の底までだって追い詰めて、僕らの光で照らしてやる』、とか」 「確かに」 思い出しても笑ってしまう。真剣な場面なのか、笑いどころとして作っているのか、判断に困るくらいに、主人公自身は真剣だったのだ。 「あ、あと、あそこ、本当に良かったですよね、エストさん。主人公とヒロインが──」 ふつりと、そこで鏡介が言葉を切る。 「? 鏡介クン?」 何があったのかとエストが彼の視線を追うと、そこには飾り付けられた大きなもみの木が立っていた。 そう、今夜は聖夜だ。映画の中にもクリスマスのシーンがあって、それに合わせてクリスマスに公開となったのだ。 くるりと振り向くと、鏡介は手を差し出した。 「『僕と一緒に地獄まで来てくれる?』」 「えっ……」 それは、映画のワンシーン。ヒロインに正体のバレた主人公が、ついて行くと言って聞かないヒロインに、改めてパートナーになってもらえるかと問う場面だ。 けれど、鏡介の藍色の瞳は、真剣で。 ただ、じわじわと彼の頬が赤みを増していく。 それがまさに、あの映画のちぐはぐな感じとよく似ていて、エストは眉を寄せて、苦笑する。それから、差し出されたその手を取って、言った。 「『どこまでだって、ついて行くわ。あなたの背中は、私が護るんだから』」 「! エストさん……!」 にっこりと微笑むと、ぱぁっと鏡介の顔にも笑みが広がる。 「よろしくね、鏡介クン」 「はいっ!」 ふたりの物語は、これからだ。
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