●『舞台裏の二人』
クリスマス――銀誓館ではさまざまな趣向を凝らしたパーティーが開かれる。 即興の演劇もその一つだ。 適当に集まった面々が適当な役割を自らに科し、適当な劇を上演する。 さて、今回の題目は『クリスマス殺人事件』。 舞台裏で打ち合わせをしている少年と少女がいる。 「こんな行き当たりばったりの話で良いんでしょうか?」 台本を開いた出海はうーん、と首をひねった。 苦しげな表情は慣れない蝶ネクタイのせいばかりではないだろう。 服装はぱりっとした燕尾服。本人の居心地の悪そうな表情を除けば、整った顔立ちの彼によく似合っている。 ボーイ役の衣装なのだが、そのまま上流階級のパーティーに客として出席しても不自然ではない。 不安そうな彼とは対照的に、すだちは余裕の表情だ。 「出海は心配性だな。せっかくの聖夜だ。楽しまなくては損するぞ」 そう言ってかわいらしく片目をつぶってみせる。 シンプルな黒ワンピースに純白のエプロン。彼女はメイド姿だった。 膝丈のスカートも清楚なメイド服は単なる仕事服にとどまらず、華美に走らずあしらわれたリボンとフリルが少女らしく愛らしい。 黒いリボンが編みこまれたレースのヘッドドレスが結い上げた灰色の髪を飾る。 決して短くはないスカートが軽く翻ると、彼女の健康的な脚線美が露になった。 ミニスカートなど普段は活発な服装の彼女だが、今日は衣装が慎ましいぶんかえって扇情的な趣がある。 出海は目のやり場に困り、台本に目を戻した。 舞台裏という場所柄照明は落とされている。おかげでやや上気した顔には気づかれなかったと思う。 それにしても、これが台本と言えるだろうか? ストーリーに脈絡がない。 カオスな伏線、唐突な展開、怒涛の大団円。 「発信器って……何?」 すだちの用意した小道具だが、劇中特に意味はない。 「さあな」 「さあな、って……」 深く考えてはいけない。 この芝居に筋書きなどないのだ。 「何だ、出海は楽しくないのか?」 出海の煮え切らない態度に、すだちは少しむっとした。 「そ、そんなことないよ!」 慌てて否定する出海。 楽しくないはずがない。 すだちと一緒に過ごすクリスマス――他の何物にもまして心が躍る。本当だ。 すだちといるだけで出海は楽しい。 そうだ、それだけで十分なんだ。 出海は開き直ることにした。 どうせどう転ぶかわからない劇だし。 すだちの言うとおり楽しんだほうがいい。 「ああ、もう出番だ」 すだちはグラスを載せた盆を手に振り返る。 「急ごう!」 「う、うん!」 出海のぎこちない笑顔に明るく笑いかけるすだち。 二人は並んで明るい舞台に踏み出す。 舞台上の多すぎる出演者と、満場の観客に迎えられて――。
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