●『「はい、あーん」「じ、自分で食べれるっての」』
いつもはほとんど両親がいなくて、菜子ひとりの、この家。 しんとしていて、どこか薄く暗いような、そんな印象だった。 だけど、今日は違う。 窓際に添えたポインセチア、控えめに飾りつけたクリスマスリース、食卓に並んでいく、ご馳走やケーキ。 そしてなによりも今日は、 「なあ、これもう運んでいいか?」 「はい」 ──彼がいる。 もうそれだけで、家の中がぱっと明るくなったような気がするのは、彼・瑛二が、菜子にとってかけがえのない恋人だからだろう。 『イブの夜は両親がいないから、私の家で食事でもしませんか?』 そう言って初めて家へ誘うと、瑛二は1も2もなく肯いてくれた。そして手土産として、菜子のイメージだったからと薔薇のデコレーションの乗ったケーキまで買ってきてくれた。 あんまり嬉しいから、食事も済んでいないけれど、菜子はそのケーキを既にテーブルに用意してしまった。 今も瑛二は料理をあれこれと手伝ってくれている。 「いただきます」 全ての準備を終えて、テーブルにつく。 焼きあがったばかりのドリアはこんがりとして、瑛二は嬉しそうにふぅふぅと息を吹きかけて冷ましている。 菜子も同じようにして、──ふと思いついた。 「はい、あーん」 「ぅ、えっ?!」 差し出されたスプーンに、大仰なほど瑛二が驚く。ぱっと彼の頬が赤くなるのが、はっきりと菜子には判った。 「あーん」 「やっ、その、じ、自分で食べれるっての」 きょろきょろとドリアと菜子を見比べ、瑛二が照れたように言うけれど、彼の口の端は上がっていて、それが菜子には可愛くてたまらない。 「あーん」 にこにこと笑顔のままで3度目の台詞を告げると、押しに負けたのか、瑛二はおずおずとそのスプーンに口をつけた。 「おいしい?」 菜子が聞くと、ちらりと瑛二の赤茶の瞳に悪戯っぽい光が宿った。 「ん。──もっと」 「まあ」 そうして、ふたりで笑みを交わす──結局、そのあとも菜子は瑛二に何度かドリアを与えるはめにはなったのだが。 暖かな家の中でふたりで過ごす、温かな聖夜。 このあとも、プレゼントの交換や、ケーキを食べるという大イベントだって残っている。夜はまだまだ長い。 (「ずっとこんな風に一緒にお祝いできたらいいな」) 幸福な聖夜を、この先もずっと、彼と一緒に。
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