●『倍プッシュだ…!』
「あ〜っ、もうちょっと!」 ぽとりと仲間の中に戻っていったペンギンを見つめたまま、霧人は次のコインを投入する。その隣では、朔がハラハラと落ち着かない様子でとペンギンと霧人を見比べる。 「霧人、無理しなくていいのよ?」 「大丈夫だいじょーぶ。絶対取ってみせるよ」 クリスマスパーティの帰り道。 帰ってしまうにはまだ早い時間だからと、霧人の提案でふたりはゲームセンターに来ていた。 こういうトコで遊ぶのもいいわね、ときょろきょろしていた朔の目に留まったのは、1台のクレーンゲーム。正確に言うと、その中にたくさんいた、ペンギンのぬいぐるみ達。 ペンギンが大好きな朔は思わずそのぬいぐるみをじっと凝視してしまい、それに気付いた霧人が取ってあげるよと請け負ったのが発端だった。 (「いい所見せておきたいし、難しそうだけど一丁やってみるとするかな……」) そんな気持ちで、霧人もゲームに挑戦した。ところがやはりやってみると、入り口付近の目立つところにある台の目玉景品らしく、何度やっても愛らしいペンギンはするりとクレーンの腕から逃げていく。 投入するコインの枚数は増えるばかりで、閉店時間も迫ってくる。 コインを入れるたびに朔がハラハラしているのも霧人は気付いていたし、実際に「別のでもいいのよ?」なんて言ってくれてもいるが、ゲームをスタートするときらきらした目でクレーンの行く先を見つめる朔の横顔を見ると、どうしても諦めきれない。 (「馬鹿げてるかもしれないけど、これも朔の笑顔の為……!」) 「よしっ、倍プッシュだ……!」 叩き込むようにしてコインを入れ、霧人は挽回の気合を込めてクレーンを操る。 ゆるゆるとクレーンが動いて、止まって、降りて、ペンギンを掴んで──、そしてそのまま、景品の落下口へ。 「やったっ」 「よっし!」 朔が小さく呟き、霧人は拳を握って笑う。 落ちてきたペンギンを取り出して、霧人は朔に恭しく差し出す。 「お待たせしました」 (「随分待たせちゃったけど、怒ってたりしないかな?」) 霧人がそっと顔を上げると、ペンギンを受け取った朔はその大きなペンギンごと、霧人に抱きついた。 「ありがとうっ……!」 「そんなに嬉しい?」 「うんっ」 「良かった」 笑顔を見せる朔につられるようにして、霧人も笑う。
(「取ってくれたことも嬉しいけど、私のために頑張ってくれた霧人の気持ちが嬉しいの」) 柔らかなペンギンに紅潮した頬をすり寄せて、朔はそっと心の中で呟いた。
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