霧宮・凪乃 & 東郷・悠紀

●『輝ける夜の一場面』

 白く瞬くイルミネーションに、凪乃さんが目を細める。二人きりで過ごしたクリスマス、その余韻に唇は柔らかく弧を描いたままだ。
「楽しかったですね」
「はい、とても」
 凪乃さんと一緒だから……とは流石に言葉にできず、白くけぶった吐息だけが頬を撫でて通り過ぎる。
「あ、見て下さい悠紀さん。あのイルミネーション、キノコ形ですよ」
「本当だ。珍しいですね」
 凪乃さんの視線の先には、確かに大きなキノコのイルミネーションがあった。ここからだと手のひらに乗るくらいのサイズに見えるが、実際は僕の身長の何倍もあるだろう。赤と緑のライトで飾られた、童話に出てきそうな愛くるしいフォルム。
 凪乃さんが僕の斜め前へと走り、振り返る。右手の五指が折りたたまれ、人差し指と親指だけが伸ばされた。その先にあるのはあの光るキノコ。凪乃さんの表情はいたって真面目。
「シューティングファンガス」
「ぶっ!」
「ふふ、どうです。それっぽいでしょう?」
 既に凪乃さんの顔に真面目さは欠片もなく、あるのは悪戯に成功した子どものしたり顔だけだ。実際のキノコはここではなく、遥か遠くで光っているのだが、僕の位置からだと本当に指先にキノコがくっついているように見えておかしい。
 ふと辺りに目を向けると、所々にぴとりと寄り添いあう影が立っていた。よくよく周囲を見回せば、どこもかしこもそんな人達だらけで。
 この景観だ、デートには最適なのだろうが……もしかして、僕達もそう思われているのだろうか。そこまで考えて凪乃さんがこっちを見ていることに気付き、慌てて脳内のあれこれを隅に追いやる。
「どうしたんですか? 何か難しい顔をしていましたけど」
「あ、いや。確かこの辺に、美味しい喫茶店があったのを思い出しまして」
「悠紀君、寒いですか?」
 いたずらっ子の笑みが一点、凪乃さんは心配そうな面持ちになって僕の全身を眺める。
 自然、口角が弛んだ。きっと今の僕は嬉しそうな顔をしているんだろう。実際とても嬉しいのだから仕方がない。
「すいません、別に寒いとかそういう訳じゃなくて……そこ、紅茶が凄く美味しいんです。お店の雰囲気も良くて。だから、凪乃さんと一緒に行ってみたいと思っただけなんです」
 人を思いやることの出来る、優しいあなたと。
 凪乃さんは少しだけ黙って、それから、冬の寒さを散らすような笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます」
 では行きましょう! 高らかに宣言して、凪乃さんはキノコを飛ばした指で優しく僕の手のひらを包んだ。それが錯覚なんかではないことは、冷えた指先の、それでもわずかに存在する温度差が証明してくれる。
「ほらほら、案内して下さいよ。私には場所なんて分からないんですから」
「は、はい、勿論」
 喫茶店に着く頃、その温度差はなくなっているのだろうか。そんなことを思いながら、僕はそっと凪乃さんの手を握り返した。



イラストレーター名:笹井サキ