●『雪下赤衣翁鹿絵皿』
「めりいくりすます!」 「何だ、唐突に」 柊が突然発した横文字言葉を耳にして、槐はまた柊が馬鹿なことを始めるのかと眉をひそめた。確かに今日はクリスマスなのだが、柊は封印の眠りから目覚めてそこまで時間が経っているわけではない。現代についての教育を受けたとはいえ、クリスマスが何のイベントなのかを熟知しているとは考えにくい。そこまでは槐の想像通りなのだが。柊が大真面目な顔で槐の目の前に差し出したのは、京焼の見事な絵皿だった。 「よくわからんが、皆が言うさんたくろうす? とやらを絵皿にしてみたぞ」 「ふむ……。相変わらず器用だな」 『雪下赤衣翁鹿絵皿』と銘打たれたそれは、赤い作務衣姿の老人が鹿を連れ、その鹿が背に載せているのは米俵という、かなり好意的に見ればどうにかサンタクロースに見えなくもない絵柄だったが、なまじ巧く作ってあるせいか、美術品としての妙な趣きが出ている。槐がかすかに苦笑を浮かべながらも、その出来は素直に称賛するほどだ。 「しかし、何だって突然こんなものを」 「他に贈る相手もいないからなぁ……」 当たり前の質問。 予想外の答え。 柊の馬鹿な行動を見慣れている槐は、その言葉に少し笑った。他に贈る相手もいない、それはつまり自分には贈りたかったということなのだろうか。 「まあ、邪魔じゃなきゃ貰ってくれ」 槐はいつも厳しくて口うるさくて、正直怖いと思うことも多い。けれど何だかんだで巫女としての務めを果たし、自分を主人として立ててくれる。そんな彼女だから柊は槐を信頼しているし、面倒じゃない程度には応えたいとも思う。 「しかし、これでもっと真面目ならな。……いや、今日は野暮だな」 柊からの信頼の証を受け取って、槐の口から出てきた言葉は、いつものようなお説教ではなかった。 「ありがたく貰うよ」 「おう、どういたしまして、だ」 苦笑いはおさまらないものの、絵皿に込められたその気持ちは嬉しい。槐は主人からの賜り物をそっと受け取り、最後に一言添えた。 「ご主人」 「何だ?」 「……メリークリスマス」 「ん! めりいくりすます!」
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