張・潤風 & イドラ・ヒルマ

●『ゆくぞ中国四千年…料理の準備は十分か?』

 約二年ぶりの再会だった。この時期のこどもの成長スピードは驚くほど速い。
 イドラは中学生になり、女性らしさを増していた。
 潤風は、最後に会った記憶と、目の前にいる少女を比べて不思議な感覚に包まれる。
 潤風の態度に小首を傾げるイドラ。その単純な仕草でさえ、どこか大人びいていた。
「張先生?」
「あっ……折角ですカラ、チョトいいトコ行きましょー♪」
 向かった先は、少し高級な中華料理店。
 広いエントランスには、繊細な細工が施された木彫りの置物や、鮮やかな色彩の壷が飾られていた。
 無論、学生が行けるような店ではないが、潤風は胸を張り笑顔で言う。
「支払いは任せろー!」
 これは潤風の有り余る財力を物語る言動という事ではなく、ただ単に親のつてで、安くして貰えるだけだった。
 席に着いた二人の前に、ずらりと並べられる見事な皿の数々。
 アワビのクリーム煮。小龍包。ふかひれの姿煮。北京ダック──。
 鼻腔をくすぐる魅惑の香り。視界を埋め尽くす至福の料理。
 先程かすかに二人の間に流れた、微妙な感情など一気に消え失せる。
 そこにあるのは、ただ食欲のみ。
 ──そう、ここは戦場。
 両手を合わせて、いただきますの合唱ももどかしく乱舞する箸。
 二人とも口いっぱいに頬張りながら、テーブルを回転させて自らの取り皿へ獲物をチョイスする。
「おっと、その春巻きは僕の物ですヨ?」
「遅いです、張先生! あまりにもスロウリィ!」
 春巻きを盛った皿を高々と掲げて、イドラは勝ち誇ったように叫ぶ。
 更にターゲットを蒸し餃子へと移し、箸を伸ばすイドラの動きが突然止まる。
 いつの間にか自分の取り皿には、パセリの山が。
 イドラは驚愕した。
 能力者である自分に全く気配も感じさせることもなく、全ての皿から付け合せのパセリを抜き出し皿に乗せるとは──。
 潤風は蒸し餃子の蒸篭を抱えて、満足そうに餃子を平らげる。
 イドラと潤風の目に炎が宿る。
 そして二人は年齢も性別をも超え、天を轟かす龍の如き戦いを繰り広げた。
 ──満腹になるまで。



イラストレーター名:カス