●『聖なる夜に口付けを・・・』
この季節の夜空はとても綺麗だと言う。クルージング中の船から見える建物の灯りがそれを彩り、クリスマスというこの日を祝福する舞台のようだ。 ……だが問題は季節が冬という事か。気温が低い為、甲板に出て来る人間は殆どいない。 そんな中で甲板に出てきたカップルが一組。ただ静かに夜景を眺めるその姿は舞台の主演と言えるだろう。 主演男優の名は桐生・琉羽玖、主演女優の名は緋神・美歌。 今は、二人だけの舞台である――。
「少し、寒くなってきたかな……?」 美歌はそっと彼に近づき、コートを少しはだけさせてその懐に潜り込んだ。 やはり寒いのだろう。そう思った琉羽玖は優しく抱き寄せ、自分のコートを彼女に羽織らせようとするが……頬を膨らませた彼女に制止される。 「……美歌様?」 「……もぅ。琉羽玖くんは女の子の扱いダメダメだよ? 私の騎士として真面目なのは嬉しいけど……」 美歌が求めているのは騎士としての行動では無い。 頬を膨らませている理由、彼女が求めているものは何となく想像が付いた。しかしそれは……。 「今日は……この日は主と騎士じゃなくて、恋人として接して欲しいの」 瞳を閉じ、しばし沈黙。 やがて意を決したか、琉羽玖は彼女をまっすぐ見つめ――。 「美歌様……いえ、みぃ」 「あ……」 ――そのまま彼女を抱きしめた。 「みぃ……メリー・クリスマス。聖なる夜の祝福が、みぃにありますように……」 少し照れくさかったが、はっきりとした口調で彼女を祝福する。騎士としてではなく、一人の男として。 「メリー・クリスマス、私の騎士様……」 急に態度が変わった事に内心驚きつつも、美歌も彼を抱きしめ祝福の言葉を返す。 しばらく言葉を交わさず、お互いの体温を――互いの祝福を受け止めるように抱き合う二人。 ……そして、お互いの唇を重ねあった。
これにて舞台はフィナーレ、やがて船は横浜港へと到着する。 しかし二人の物語はこれからも続いてゆくに違いない。 メリークリスマス。これからの二人に祝福のあらん事を……。
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