●『湯煙に融ける雪華』
琉紫葵が軽い気持ちで投げかけた、 「温泉でも入ってのんびりしない?」 という誘いに、 「いいですねー行きましょうか」 慧奈はニコニコしながら即答した。 片や大学受験、片や能力者としての鍛錬で、心身ともにかなりの疲労が溜まっていたのは事実。そして二人きりで遊びに行く頻度が落ちているのも事実だが。 (「えーと……即答ですか……?」) まさか、こんなにあっさり了承するとは思ってもいなかった。 「まぁ、温泉って言っても男湯と女湯に分かれてるだろうし、部屋は二部屋取れば問題ないよな」 若干戸惑いながら、温泉宿の物色を始めたのが一カ月ほど前。そして今二人は、クリスマスの夜を琉紫葵が見つけた温泉宿で過ごしている。
かこーん。 ししおどしの風流な音が、立ちこめる湯気の中に響く。 満点の星空と、しんしんと降る雪。冷たい夜風が頬を撫でていくが、お湯につかった首から下は温かい。振り続ける雪も、闇夜に消えていく湯気も、露天風呂ならではの風景だ。 琉紫葵と慧奈は、背中合わせで湯船につかっていた。 「ほらほら、るし君。露天風呂でホワイトクリスマスと言うのもいいものですねー」 背後の慧奈がおっとりした口調で言った。ちゃぷん、と湯が跳ねる音が聞こえてくる。 「空が澄んでるから、星が降ってくるみたいだ」 琉紫葵は空を見上げる。立ち上る湯気に薄く曇った星空には、たくさんの星が光っていた。きっと空気がきれいなのだろう。 「……って慧奈、何て言うか恥ずかしかったりしない?」 まさか、混浴だとは思わなかった。ずっと慧奈から目を反らし続けていた琉紫葵は、まだ慧奈の姿を一度も目にしていない。お湯につかって見えづらいとはいえ、正直目のやり場に困る。 「水着、着てますしねー」 くすくすと笑いながら、慧奈は答えた。 「え……マジで。そうなんだ、焦って損した」 残念な気がしないと言えば嘘になるが、琉紫葵はひとまずほっと胸をなで下ろした。それならばと振り返ろうとした瞬間。 「嘘ですよ?」 慧奈の体が、琉紫葵の体に触れた。水着を着ているなら、当然露出していないはずの部分。触れたのは布ではない。 慧奈の肌の感触。 「え……う、嘘?」 「嘘です」 慧奈はいたずらっぽく笑う。 琉紫葵は赤くなって絶句した。
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