武田・克己 & 銀・飛刀

●『たった一人の為の演奏会』

 一人きりのフルートの演奏は、少し緊張する。
 それが好きな女性の前であれば尚更だ。

 クリスマス当日。
 克己は、自室に飛刀を招き入れ、フルートを演奏していた。克己がフルートが得意だという話を聞いた飛刀が、目を輝かせて演奏をリクエストしたのは数週間前。
(「まいったな……」)
 最初はそう思った。
(「そりゃ大学では良く吹いているが……」)
 伴奏つきで吹くのと、一人で吹くのではまるで違う。しかも観客は一人きりで、更にその相手は飛刀なのだ。
 飛刀がリクエストしたのは、ゆったりとしたテンポの温かい曲だった。聞いたことはあるが特に好きだと思ったことはないし、もちろん吹こうと思ったこともない。しかし、せっかくのリクエストだ。克己は練習を重ね、その曲を完成させた。
 飛刀は目を閉じ、克己の奏でるメロディに聴き入っていた。そこにあるのは、銀色に光る金属の楽器だ。しかし硬質な外見とは裏腹に、その音色は驚くほど優しく、温かい。
 情緒豊かな響きは、演奏というよりはまるで歌を歌っているようだった。飛刀はその音色にじっと耳を傾け、メロディの作りだす世界に酔う。
 低く、一際柔らかいビブラートを響かせ、演奏が終了した。
 音の余韻が消えて、克己はほっとフルートを降ろした。飛刀はぱちぱちと拍手をする。
「……お粗末さまでした」
 ぺこっと頭を下げる。飛刀はぷるぷると首を左右する。
「とんでもない。素晴らしい演奏でした。素敵なクリスマスプレゼントをありがとうございます」
「そうか……クリスマスだもんな。メリークリスマス」
 フルートを握ったまま、少し照れながら言う。飛刀は微笑み、メリークリスマス、と言った。
「俺もお前に、思いがけないプレゼントをもらった気分だ」
「え?」
 飛刀は首を傾げる。克己は膝の上に置いたフルートを指で撫でた。
「この曲……演奏してみて初めて良さがわかったっていうか……ちょっとだけ好きになれたからさ」
「そうですか」
「ああ」
 良かった、と飛刀は笑った。
「また今度、演奏してもらっていいですか? またこんな風に、私の好きな曲を……私だけのために」
 克己は驚いたように少し目を瞬き、それから大きく頷いた。
「こんな演奏で良ければ、いつでも」
 飛刀は嬉しそうに笑った。思わずどきっとするような笑顔だ。
(「……俺、もっと練習頑張ろう」)
 克己はぐっとフルートを握りしめ、そう心に誓うのだった。



イラストレーター名:蒼羽 雛