●『Vacancy』
吹きすさぶ風がカタカタと壊れた窓を揺らす。 「どうしてこんな事に……」 はあ、と溜息をつきながらカンテラの明かりをつけ直す。 埃の積もった床、破れた障子、腐りかけた柱。外は強くて冷たい風が吹き荒れていて、時折壁の隙間からは白い物が入り込んでくる。 「いや、ほんと。なんでこんな事になったのだろうねぇ」 手ごろな壁に寄りかかるようにして座った茅を見つつ、真昼は縮こまる。 (「私があんな事を言い出したりしなければ……」)
何かクリスマスプレゼントをくれると、主である茅が自分に向けてくれた言葉に、真昼はこう答えた。 茅様の故郷が見たいです――と。 それを聞き入れてくれた茅は、真昼を今日の夕刻、この山のふもとへ案内してくれたのだ。そうして、大雑把にこの山を示して言った。 「たぶんこの辺」と。 「………」 ああそうか、故郷はもう残っていないのだなと思い至った真昼は、しかしそこで引き下がるのを良しとしなかった。 「……探しましょう」 「は?」 「主様の故郷は、必ずや特定してみせます」 この山のどこか、である事は判明しているのだ。 なら、探せばいい。 そう意気込んで茅と共に山へ入った真昼だったが――。
季節は冬、今日はクリスマスイブ。日が暮れるにつれて山は雪に覆われ、猛吹雪の中歩き続けた二人は辛うじて何とか、この荒れ果てた山小屋へ辿り着いたという訳だった。
もう顔も直視できずに部屋の隅で小さく正座する真昼だったが、茅は、その腕を掴む。 「……?」 「寒い」 おずおずと見れば、茅はそれだけ言って真昼を抱きかかえる。茅自身が作った『巣』によって体力を消耗する心配は無いが、寒さまではどうしようもない。 「…………」 至近距離で感じる呼吸。服越しに伝わってくる体温、そして鼓動を感じるたびに……いたたまれない気分になって、真昼はそっと胸の中で溜息をつく。 だが、元凶は自分なのだ。どうしてこの腕を振り払えよう。真昼はじっと黙ったまま、茅とのあまりに近すぎる距離に耐える。 「……ろう」 「?」 囁く声に、真昼は振り返った。聞き取れず怪訝な顔をする真昼へ、茅はもう一度同じ呟きを零した。 「だから、言っただろう」
――私の故郷なんてもう何処にも残っていないって。
言葉として口にされることの無かった声は、けれど確かに真昼の胸に響いてきた気がして。 「……すみませんでした」 自分を一切責める事なく、ただ静かに見つめてくる視線と、その言葉に、真昼は一言だけ簡潔に謝る。いや、ようやく謝ることができたと、言っていいだろう。 瞳を伏せて俯いた真昼の頭に、ポンと軽い感触が触れる。 それが、茅の手だと気付くまで、時間は掛からない。 ただそうして静かに頭を撫でてくれる茅の手を、真昼もまた無言のまま受け止めて。
――そうして、翌朝になって雪が収まるまで、二人は静かな夜を過ごし続けるのだった。
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