●『高校最後のクリスマスプレゼント』
クリスマスの日、伊知郎は綾乃に呼ばれ、一緒に空き教室へと向かっていた。学生らしく制服を着ていたが、彼は少し首をかしげていた。 (「……何で制服でなんだ?」) 伊知郎はクリスマスとかそういう時は制服を脱いでいるのが普通だと思っていたのだが、最愛の彼女に指定されてしまっては仕方がない。意図は全くわからなかったが、伊知郎は綾乃の何らかの考えを尊重して来たのだった。
(「伊知郎……まだかな」) 綾乃は手持無沙汰で伊知郎を待っていた。彼には制服で来てね、とお願いしてある。何故なら、伊知郎は高校三年生――銀誓館学園で彼が在学中最後に過ごせるクリスマスだから、綾乃は制服を着て教室でクリスマスを過ごしてみようと思ったのだった。 「すまない、待たせたか?」 「ううん、私も来たところ。じゃあ、一緒に来てくれる?」 綾乃は彼を連れて空き教室へとやってきた。そっと伊知郎の手を引いて、綾乃はちょっともじもじしながら、目の前の机を示す。 「ここ座って、ここ」 窓を背にして、綾乃が指し示した机に不思議そうに伊知郎は言われたとおりする。 「ここに? ……分かった」 机に収まった伊知郎が綾乃を見やると、何やら彼女がもじもじしている事に気づき、それから得心がいった伊知郎は、あえて何か言うことはせず、穏やかな微笑みを綾乃に向けた。 彼の目線と同じくらいになってから、綾乃は一度柔らかく微笑んでから、伊知郎にそっと唇を寄せた。 離れた後、綾乃は恥ずかしくて顔がちょっとだけ熱い気がした。だからこそ、あえて明るく微笑んで綾乃は照れ隠しをした。 「メリークリスマス、伊知郎。こんな事出来るのも、今年までだからね」 突然の、彼女からの口づけに伊知郎は驚いていた。これまで彼女から学校でなど一度もなかったからだが、綾乃の気遣いと言葉が嬉しくて、伊知郎は心底嬉しくて微笑んだ。 「それではお言葉に甘えるとするか――先程のは驚いて堪能できなかったからな」 伊知郎の手が綾乃の頬へと伸び、今度は伊知郎が綾乃へと唇を重ねる。 「ありがとう、綾乃。愛している」 綾乃から零れた笑顔を伊知郎は大切に受け止めながら、二人のクリスマスは過ぎて行ったのだった。
| |