●『あと、少しの間だけの…』
「ふう……」 ちいさく息を吐いて、朔耶はソファに深く腰掛けた。スプリングが沈み、身体がふわりと一瞬揺れる。 受験シーズン真っ只中ではあるが、今日はクリスマス。 毎年恒例のパーティーを勿論今年もしよう、という話になり、勉強は一日休んで朝からパーティーの準備をしていたのだ。部屋の飾り付けや、大人数用の飲み物や料理の準備を二人でするのは、大変すぎはしないけれど、それでも朝から準備に追われていれば多少は疲れる。 同じく朝から準備をしていた真蕗も、朔耶に倣ってソファへちょこんと腰掛けた。
卒業を間近に控える今、こうして二人で過ごせる時間というのはどんどん少なくなるだろう。会えなくなるわけではないが、あたりまえに相手がそこに居るというわけにはいかなくなる。 寂しくもあるが、お互いがそれぞれの道を見つけ、そこに向かって歩むことは素晴らしいことだし、お互いがお互いを応援したいとも思うから、こうやって二人静かに過ごせる時間がより愛しく思えるのだ。 そっと朔耶が手を伸ばすと、真蕗がその手を優しく両手で包み込んだ。二人とも人形のように白い手だが、手を握り合えば暖かい。互いの熱に安堵して、手を繋いだまま、二人は寄り添いあう。 「っと」 まったりと時を過ごす二人の仲間に入りたくなったのか、朔耶の飼っている白い猫が、ぽん、と無遠慮に朔耶の膝へ飛び乗った。 寒い季節でもあるし、猫だって何か暖かいものに依存したいのだろう。朔耶の膝の上で丸くなり、ごろごろと喉を鳴らしている。 愛しさに微笑みながら、朔耶は白猫の背を撫ぜる。つやつやとした毛皮が、指に気持ちいい。 「ん……」 「ん? 真蕗?」 右肩に重みを感じて視線を送れば、真蕗が朔耶の肩にもたれ掛かって、うつらうつらとしている姿が目に入った。肩には真蕗、膝には飼い猫という絶対に動けなくなってしまった事態に、朔耶は二人を起こさないように小さく笑った。 静かな部屋にはその漏れた吐息さえ大きく聞こえて、朔耶ははっと口を噤んだ。 コチコチと時計の音だけがやけにリズミカルに大きく聞こえるほどで、他に聞こえるのは空調の音やお互いの呼吸音のみだ。ごくたまに、窓の外から夕方の喧騒が聞こえてくるが、それすらも室内の静けさを強調する。 そんな中で、静かに時を過ごす二人と一匹は、神聖なもののようにすら見えた。
――ピンポーン。
唐突に、ベルの音が、静かな時の終わりを告げる。真蕗がうっすらと目を開けて、朔耶をまだ半分眠そうな目で見上げた。 「来たみたい」 「そうだな」 朔耶と真蕗はお互い顔を見合わせてふっと微笑み、ソファから立ち上がった。静かな二人きりの時は終わりだが、これから騒がしいパーティーが始まる。それもまた、大切な時間だ。 静かな時を惜しむように、それでもパーティーに期待を膨らませながら、二人は手を繋いだまま、友人たちを迎え入れるべく玄関へと向かうのであった。
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