●『二人で作るクリスマスケーキ』
「こら、お前、そんな大雑把にするな!」 エルの作業を横目で見たカイルの叱咤が部屋に響いた。 「えーっ、カイルん、計量できっちり量りすぎだよ」 エルも反論するが、カイルの手際の良さに圧倒されている。 今日はカイルんのおうちでケーキ作り、しかもふたりっきりで、と楽しみにしていたエルにとっては、予想外の展開だったかも知れない。 「お菓子というのは緻密な芸術なんだ!」 持論を展開するカイル。 「1gでも数字を間違えるとバランスが悪くなる」 エルに変わって計量をするカイルの秤の目盛りを見つめる視線は真剣そのもの。 エルもケーキ作りは得意なのですけど……と、当初は戸惑い気味だったが、カイルの表情を見て、現場の指揮を任せてしまおうという気持ちになっていた。 「生クリームにしますです? チョコもいいのです」 完成予想図を脳裏に描いて思いを馳せたエルは、ボールの中身を泡立て器でシャカシャカと混ぜはじめる。 「ほら、空気をしっかり入れるように混ぜないと、膨らまないだろう?!」 カイルからのダメ出しが鋭く飛び出した。 カイルは、最近は色々なお菓子作りにこだわりを持って取り組んでいる。緻密に作れば作るほど、美味しくて見栄えも良く作れる、というのがその理由。 特に今回はせっかくのクリスマスケーキ作りという事で、カイルの力の入り様はいつものお菓子作り以上のようだ。エルのメレンゲ作りひとつを取っても、妥協の余地はない。 「えへへ、おっきい苺〜」 メレンゲ作りを終えて緊張感から解放されたエルの視線は、ボールに山と盛られた苺に釘付け。一個だけなら大丈夫、と思って苺を手に取るエルだったが。 「ああ! イチゴ食うな! 数のバランスが悪くなる!」 「あうち!」 カイルはエルの頭にチョップをお見舞い。エルは衝撃が走った頭頂部を両手で押さえた。 「減ってないよな?」 カイルは苺の数をかぞえる。一つも減ってない事を確認すると、ほっとひと息ついていた。美味しいケーキの黄金比を守るカイルに安堵の表情が浮かぶ。 エルは苺に未練ありげな視線を送りつつも、ケーキが完成してから食べる、と自分に言い聞かせながら、ケーキ作りに戻った。次の作業はホイップ作り。 「ああ!」 カイルはエルの手際に不満を表しつつも、ひとりで作るよりもふたりで作るケーキ作りに楽しみを見出していた。 楽しいケーキ作りの後には、もっと楽しいクリスマスが控えている。 ふたりの苦心作が饗される瞬間は、きっと良い思い出となるはずだ。
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