●『Happiness〜思いを込めた、幸せな味』
12月24日、クリスマス・イブ。たくさんのパーティが開催されている銀誓館学園に、エルレイと市松の姿もあった。 「んんん……」 調理代を前にして、エルレイはしばし考え込む。 シフォンケーキを焼くなら、ベリーミックスと、蜜豆の入った抹茶風味の物がいい。 そこまではすんなり決められたけど、最後の1つの味が決まらない。 ちらっと、市松を見る。どうせなら好きな味の物を作ってあげたい。なら……。 「ねー松様。松様はどんな味が食べたいの?」 「柑橘がいいなー」 んー、としばし考えて答えた市松の言葉に、エルレイはにっこり微笑んで材料に手を伸ばす。
手順通りに材料をボールの中に入れ、粉をふるって混ぜて混ぜて混ぜて……。 エルレイは手際よく腕をふるって、シフォンケーキを作っていく。シフォン用の型に出来上がった生地を流し込んだら、オーブンに入れて、後は焼きあがるのを待つだけ。 しばらくして、エルレイの前には綺麗に、ふんわりと焼きあがった3種類のシフォンケーキがあった。 「できた……!」 早速切り分けると、エルレイは緑茶と一緒に市松の元へ運ぶ。差し出したフォークを受け取って、市松は早速柑橘味から手を伸ばした。 もぐもぐもぐ。 「どう……?」 いつもと変わらない表情でシフォンを食べる市松の様子を、じーっと見つめていたエルレイは、やがて耐えかねた様子で市松に尋ねた。 美味しくできてるかな? ああ、ドキドキする……! そんな、エルレイの気持ちを知ってか知らずか。 「もう一切れくれ」 端的にそう告げる市松に、相変わらずだと思いつつもエルレイは嬉しそうに、幸せそうに口元をほころばせて、ふんわりと笑みを浮かべる。 「はい、どうぞ。……他も?」 「ああ」 おかわりを切ってエルレイが戻れば、ベリーミックスと抹茶のシフォンも市松の胃袋の中へと姿を消していて。エルレイは頷く市松の皿に、再び3種類のシフォンを載せてあげた。 (「……よかった」) 喜んでくれて、おかわりまでしてくれて。こんな風に、とっても美味しそうに食べてくれて……。エルレイは安堵と喜びを胸に、自分の分を皿に載せると、ほんのりと柑橘色に染まったシフォンを口へ運んだ。 口の中一杯に広がる甘酸っぱい味は、このひとが好きな味。そして……エルレイの大切な、大切な思いを込めた、幸せの味。 ――この想いを伝えられなくても、でも。 (「あなたが喜んでくれれば、今はもう……」) それだけで満ち足りた気持ちになれると、エルレイは心から幸せそうな顔をして、シフォンを食べ続ける市松を見つめる。
「……あ、雪が」 「おー、ホントだ」 いつしか、はらりと舞い降りた白いかけらに気づいて、エルレイと市松は一緒になって窓の外を見る。どうやら、今日はホワイトクリスマスになりそうだ。 「……メリークリスマス」 「メリークリスマス」 どちらからともなくお互いを見ると、2人はそう笑顔で言葉を交わした。
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