花月・胡華 & 氷雨・千空

●『特別じゃないからこそ大切な、ありふれた時間』

「お汁粉とコーヒーどっちがいい? お汁粉は白玉団子いりだよ」
「じゃあお汁粉で」
 胡華の両手を振り返った千空は、なら、とお汁粉の缶に手を伸ばした。買ったばかりの缶お汁粉からは、手袋越しにじんわりとした温かさが伝わってくる。
 終業式が終わり、クリスマスパーティに沸く銀誓館学園。その屋上に、胡華と千空の姿はあった。冬の日没は早く、薄暗くなった空の下に広がる街並みはクリスマスのイルミネーションに彩られ、いつにも増して綺麗だ。
「すごいねぇ、街の光が星みたい」
「流石はクリスマスだな」
 地元ではイルミネーションなんて、あんまり見たこと無かったから……と、瞳を輝かせて眺める胡華に、千空は笑みと共に頷く。
 生憎と、空は雲に覆われていたから、本物の星空を見る事は出来ないけれど。でも、それ以上に美しい光景のように、2人には思えた。
 それに、こんな風にキラキラ輝く街並みは、いつでも毎日見れる訳ではないし……。
「……あ」
 缶コーヒーに口をつけた胡華は、はらり、と目の前に何かが舞い降りて来た事に気付いた。空いている指先を伸ばせば、手袋の先についた小さな白い欠片が、ゆっくりと小さくなって消える。
「千空君、これ、雪……だよね?」
「ああ。ホワイトクリスマスだな」
 目を丸くした胡華に千空が頷く。北海道出身で、雪は見慣れている千空が少し懐かしそうな目つきをしているのは、故郷の様子を思い出したからだろうか。
 一方の胡華にとって、雪は思わずわくわくしてしまうくらい珍しいものだ。広島の、それも南の方から来た胡華は、雪なんて滅多に見る機会がなかったから。
 ふたつ、みっつ……たくさん。
 次々と降ってくる雪を見ながら、胡華は「ホワイトクリスマスなんてはじめて!」と歓声をあげた。
 雪のせいか、寒さが増してきたような気はするけれど、手の中の缶がまだまだぬくもりを伝えてくれる。それに、こうして友達といつもと同じように、何気なく交わす会話は、どこかじんわりと心に温かみを与えてくれる……ような気がする。
 クリスマスだからといって、特別な過ごし方をしているわけじゃないけど。
 でも、こんな風にありふれた時間だからこそ、大切なんじゃないかって、2人は思う。

「そろそろ帰ろうか」
 2人の手の中の缶が、空っぽになって冷え切ってしまうまでお喋りをして。外がすっかり真っ暗になった頃、どちらからともなく2人は立ち上がった。
「そういえば胡華、サンタクロースにクリスマスプレゼントは何が欲しいって願った?」
「んー……秘密、だね」
 屋上のドアに手をかけつつ、冗談めかして振り返った千空に、胡華はニッと笑って答える。
 そうして2人の足音は校舎の中へ消え、重い音を立ててドアが閉まった。
 この後もきっと、雪はしんしんと降り続けるのだろう。
 ――メリークリスマス。
 肩を並べて階段を下りながら、胡華は胸の中で呟いた。



イラストレーター名:三堂 泉