●『この素敵な夜に乾杯』
今宵は聖夜。 教室を利用した学生達のクリスマスパーティー。 会場の暖かく賑やかな喧騒も、恋人達には単なるバックミュージック。 ただ二人、視線を合わせて言葉を交わせば、その場は彼らが主役の世界。 「……メリークリスマス。この素敵な夜に乾杯」 短い言葉、けれども言い尽くせない万感の思いを込めて、司真はレモンソーダの入ったグラスを目の前に掲げて見せた。 「乾杯。素敵な夜に感謝を込めて」 由衣は、司真と同様、メロンソーダの入ったグラスを掲げ、ニッコリと微笑んだ。 金と翠の、輝き揺れる二つのグラス、それは二人の笑顔と同様に、チン、と涼やかな音を響かせかわされた。 まだ聖夜も半ばに至らず、二人のパーティーはたった今始まったばかり。
テーブルには大きな大きなブッシュ・ド・ノエル、並べられた色とりどりのソーダ水は、ランプの灯りを受けてまるで宝石のよう。 大人の気分でワインを一緒に、というのも憧れるけど、このファンタジックな雰囲気には似合わない。 何故ならここは教室、学生達の空間。 飾り立てられた室内は、今まさにネバーランド。 たまにはこんな時間も悪くない。 「由衣さん、今日はありがとう。一緒にいられて嬉しいよ」 柔かい微笑みを浮かべ、感謝の思いを言葉にして紡いだ司真。 「こちらこそ、ありがとう司真君。あたしも嬉しいわ」 司真にそっくりな笑顔で、由衣も感謝の思いを言葉で返す。 (「……『君の瞳に乾杯』……なんてね」) 由衣の綺麗な弓を描く瞳に魅いられ、少しボウッとなった司真の脳裏にそんな台詞が浮かんだ。 けれども口にしたら恥ずかしすぎて、顔も見れなくなってしまいそう……それはあまりに勿体無いから、口にはせずに心にしまい、掲げたソーダのグラス越し、由衣の瞳を見つめるにとどめた。 (「……? 急にどうしたのかな?」) 由衣はグラス越しに感じる視線にコクン、と軽く顔を傾げて見つめ返す。 何を考えてるのか、わかるかな?と司真を真似、自分のグラス越しに視線を返す。 司真はそんな悪戯っぽい彼女の仕草に少し驚いた表情だ。
グラス越しに交わされる視線、でも長くは続かずに、どちらともなく笑いあう。
「まるで夢を見ているよう……」 和やかな雰囲気に、由衣の口からポツリと彼女の想いがこぼれる。 「……そうだね」 夢なら覚めないで欲しい、という声を聞き逃さずに、司真は由衣に応えた。 それくらいに素敵な気分だしね、と心中に自分の想いを添えて。 (「でも隣にいる由衣さんは夢じゃないから……」) 確かめるように司真は彼女に寄り添う。 (「こうして一緒にいるのは夢じゃないよね……」) 確かめる様に由衣は彼に寄り添う。
重なる仕草に、心がつながっている事を確認しあい、顔を綻ばせる二人。 今宵は聖夜、身を寄せ会う二人は共にある幸せをかみしめあい時を刻む。 二人の未来に、輝かしい祝福がありますように。
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