●『共有』
闇の中の一筋の光。 僕にも。 きみにも。 この想いは宿る……。
行人の部屋は暗かった。夜の帳が降りて、二人を包む。 楽しさに時を忘れ、奈月は様変わりした外の色に気が付いていなかった。 「あ、電気点けましょうか」 奈月は言った。 背を向け、立ち上がろうとする奈月の横顔と、揺れるぺリドットのイヤリングがちらりと目を焼く。小さな眩しさ。 いつだって、行人には彼女が愛おしく眩しかった。 タイミングは一度きり。今日は胸の奥の決意を形にしよう。
手を。 手を……。 きみを――捕まえて。
「……受け取って欲しいものが、あるんだけど」 立ち上がりかけた奈月の手を取り、少し自分の方に引いた。軽く。 それだけで、彼女は振り返ってしまう。何気ない、彼の引力。 「な、何? 行人くん……」 奈月はストンと座り込んだ。何が起こっているか、彼女にはわからなかった。 行人はポケットから小さな箱を取り出した。 赤い包装紙と金のリボンが奈月の視線を攫う。色を失った夜の部屋につるりとした赤い包装紙の色だけが、小さな明かりのようにそこにあった。 「それ……」 呟いた奈月の声は震えていた。 クリスマスに小さな箱は、指輪。 その瞬間、胸の奥がきゅっと彼女を抓った。痛みが過去の痛みを誘う。次々に痛みを呼びこんで、あっという間に奈月に瞳に涙の雫が貯まった。 「奈月ちゃん……?」 喜んでくれるかもしれない。喜んでくれるだろう。もしくは…どんな反応を? そう期待は少ししていた。でも、喜びを含んだ涙でないことは明らかだった。 「……つい、怖くて」 失うのが。 震える唇が、そう言葉を形にした。 「怖いの? 失う? 僕を?」 行人は言った。奈月は首を縦に振った。 得れば失うもの。逢えば去るもの。そして、それは普遍のもの。 奈月は怖かった。自分が未だに暗い過去にとらわれて行人を振り回すことが怖い、それによって傷つけるのも怖い。怖いものだらけ。 「僕が…怖いんです。ずっと、怖かった」 涙雨は奈月の心の窓を叩き、零れ落ちる雫は頬を濡らしていた。 「だから、ずっとぼけて明るく振る舞って……友達の延長線上から……出ないようにして……。そんな僕には、その気持ちを受ける資格がない」 「知っていたよ」 俯いた奈月に行人は微笑んで言った。 「何年、奈月ちゃんに片思いしてたと思ってるの?」 「行人くん……」 「ねぇ、誰にも言えない過去の苦しみも、涙も、一緒に共有しよう。それこそ、お墓の中まで。僕と奈月ちゃんの中に、それが『在る』のなら越えられるよ。誰だって、失うすべては怖いから。二人で……ね?」 丁寧に包装紙を外しながら、行人は言った。 奈月は頷いた。光る指輪は灯火のようだった。嵌めると、冷たいはずなのに、心に温かい。 「ねえ、行人くん。この喜びも、僕たち二人に今『在る』のかな……」 「在るよ」 行人は小さな明かりのような笑顔で答えた。
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