桐嶋・夜雲 & 御嶺寺・結梨

●『Ti amo』

 部屋の中はフラワーキャンドルの暖かな光に包まれていた。キャンドルの置かれたテーブルは上品な白いレースのテーブルクロスが敷かれ、その上にはフライドチキンとサラダのささやかな晩餐が並んでいる。
 二人、夜雲と結梨はテーブルを前にして用意したプレゼントを交換し合っていた。結梨からのプレゼントの包みを開けた瞬間、ほのかな桃の香りが鼻腔をくすぐる。包みから出てきた手作りと思しきお守りは雲掛る彎月の刺繍が施されていた。まるで彼女の存在を体現したかのような、決して押し付けがましくない柔らかな匂いを纏うそれに夜雲は目を細めた。
「大事にする。このお守りも、込められた想いも」
 夜雲は気付いていた。そのお守りにどんな願いが込められているのかを。
 口にしないでもわかる。全てから護るという誓いと、変わらない心の証。
「ありがとう、結梨」
 その言葉に、反応を窺っていた結梨の顔が綻ぶ。恥ずかしげに頬を染める彼女の首もとで、夜雲からのプレゼントが夜空に浮かぶ一粒の星のように煌めいていた。その小さな首飾りは、しかし、結梨にとってどんな宝物よりも価値のあるものだった。
 彼がプレゼントしたのは宝石の頭文字で単語を綴るリガードペンダント。どんな文字にするか悩みに悩んで、彼女に一番伝えたい言葉を選んだ。
 贈られた首飾りの意味を理解した時、結梨はハッと驚いたような顔をして、そして胸から溢れ出る喜びに今にも泣き出しそうな顔で笑った。
 首飾りに綴られた言葉はT、I、A、M、O。
 『Ti amo』、愛してる。
「ありがとう」
 彼の手を握りしめながら感謝の言葉を口にした後、結梨は彼に心の中を見透かされた気がしていた。何故なら、その言葉は結梨がずっと言えずにいた言葉なのだから。『好き』や『大好き』ならいつでも言える。求められたときに、または自分が望んだときに。けれど、その一言だけはどうしても言えなかった。言いたくなかった訳じゃない。ただ、言葉にすれば溢れて止まらなくなりそうだったから。溢れた言葉に溺れて息も出来なくなりそうなくらい、彼のことを想っていたから。
 だけどもう、『大好き』じゃ足りないの。
「――私も、あいして、る」
 途切れ途切れにそう告げて夜雲の胸に寄りかかる。恥ずかしくて顔を上げることができず、代わりに彼の手を取ってそっと口付ける。ありったけの愛しさを込めて。
 くすり、と。愛する女性からの初々しい告白に、夜雲が笑った声が聞こえた。それと同時に、伸ばされた腕が優しく結梨を抱き締める。寄りかかられた温もりを、途切れ途切れの言の葉を、決して逃すまいと閉じ込めるかのように。

 二人を見守るようにテーブルに置かれた天使のカードには『Happy Merry Christmas』の文字が躍る。聖なる夜、恋人たちに祝福を。



イラストレーター名:ヤガワ