彩咲・かなで & 臣塚・神壱郎

●『〜veille de Noel〜』

 クリスマスにデートをしよう、そう約束したけれど、他に何も決めなかった。
 かなでと神壱郎はとりあえず街に出る。浮かび上がる都市の灯りを、イルミネーションがいっそうきらびやかに引き立てている。
「きれい……」
 かなでがため息混じりにそう呟いたから、ふたりで夜の街を歩くことにした。
 通り過ぎる店のBGMはクリスマスソング一色。あちこちに電飾で着飾ったツリーが佇む。道行く人々の多くはプレゼントの包みを抱えている。サンタ姿のアルバイトがチラシを差し出すのを丁寧に断り、かなでと神壱郎は夜の散歩を楽しむ。
「2月」
「えっ?」
 神壱郎のつぶやきにかなでが振り返る。
「僕がかなでに告白したのは2月だった」
「あ……はい、そうでしたね」
 かなでが笑みを浮かべると、神壱郎もほほえんだ。とりとめもなく思い出話をする。たとえば屋上で一緒に過ごした春の日。恋愛と呼ぶにはあまりにも繊細で穏やかな時間。しかしそれが、かなでと神壱郎の愛し方だった。

 白いものがふわりと空から落ちてくる。
「あ……雪……」
「本当だ。ホワイトクリスマスだね」
 光あふれる夜の街に雪が降る。純白の雪は街の灯りに滲んで、それ自体が輝いているように見えた。かなでの口から感嘆のため息が漏れる。吐息は白く夜気に浮かび上がり、舞い落ちる雪と混じり合って消える。
 神壱郎がそっとかなでに身を寄せ、手を取った。とくんとかなでの鼓動が跳ねる。神壱郎は冷たくなったかなでの手を包み、温かい息を吹きかけた。
「寒そうだよ」
「あの、えっと……ありがとうございます」
 かなでの冷えて青白かった頬が色づいた。
 ふたりは手を握りあい、寄り添って歩き続ける。街の喧噪を離れて公園へ。川沿いの遊歩道を歩けば、水の流れる澄んだ音が夜を清めていくように感じられた。遠く聞こえた車のクラクションさえ、まるで音楽のよう。
「本当に、聖夜にふさわしい夜ですね」
 こぼれ落ちたかなでの言葉は、水面に映る夜景に吸い込まれていった。
 交わす言葉が減っていく。そのぶんふたりの距離は近づいていく。厚い上着を通してでも、互いの体温が伝わってくる。
 きゅっと、神壱郎がつないだ手に力をこめた。
 かなでが振り向く。
 一瞬、視線が交錯する。次の瞬間には神壱郎がかなでを抱きしめていた。かなでもそっと恋人の胸に身体をあずける。かすかに心臓の音がする。そのリズムの優しさに目を閉じかけたとき、かなでの頬に神壱郎の手が触れた。
 顔を上げたかなでのすぐ目の前、吐息がかかるくらい近くに、神壱郎の顔。
「好きだよ」
 ひそやかな囁き。
 かなでは小さくうなずいて、今度こそ目を閉じた。ふたりの唇が重なる。ぬくもりを分け合いながら、神壱郎とかなでは長いくちづけを交わした。



イラストレーター名:遊佐