●『淡い雪の中で』
澄んだ空気は冬独特のもの。 少女は淡い桃色の髪に花飾りの簪を揺らし、薄紅色と桜色の花が舞う着物をまとい、待ち合わせの朱塗りの橋へとやってきた。 吐く息は彼女の肌のごとく白く、この寒さはたった一人であればひどく辛いものであっただろうが、今は気にならない。 舞には、大切な人がいる。 今日はその人とのお出かけの約束。 舞は妖狐。最近まで幽閉されており、この日がクリスマスというイベントだと知って日が浅い。 特別な日だというのなら、折角だから二人で過ごそう。 そう約束した日だったから、舞は気持ちが浮足立って早く来てしまった。 待ち人はまだのようだが、もうすぐ会えるのだから待つのも寒さも苦ではない。 と、目の前を白いものが通り過ぎる。 それは次から次へと空から降ってきて、視界を真っ白に覆っていく。 籠の鳥は雪を知らぬ。舞にとって雪はとても珍しく、髪に着物に雪華が積もっていくのも気にせず、うっとりと雪を眺め手を翳して過ごしていた。 「舞殿! そんな姿で風邪を引いてしまいますぞ」 後ろから差し掛けられた墨色の和傘。 振り向けば絖哉が傘をもっと濃くしたような黒橡の着流し姿で立っていた。 結い上げた白銀の髪がその着物によく映え、空から落ちてくる雪のように綺麗だと思った。 彼の姿を見て、舞はほんわりと、花がこぼれるような微笑を浮かべた。 「すみません……雪がとても珍しかったので」 その言葉に、長らく雪山に住んでいた絖哉は不思議な顔をする。彼にとっては見慣れた雪。珍しいと思ったことはなかったのだ。 だが、彼女が喜ぶのなら、それは自分にとっても嬉しいことだと絖哉は思う。 その気持ちを代弁するかのように舞は呟いた。 「来年も再来年も……ずっと……絖哉様と一緒にこうやって雪を見ながら側にいられたらどんなに幸せでしょうか……」 ずっと一緒にいたい。 二人は同じ気持ちだった。 それは互いに相手を好きだと思っているから。 大切だと思い、好きあうというその気持ちが『恋』だと未だ知らぬ二人。 人里離れた雪山に住み、孤独に生きてきた。 閉ざされた屋敷に一人、孤独に舞ってきた。 それでも、二人でいると暖かいということは知ったから、雪の中誓う。 「舞殿。では来年も再来年もずっと……こうやって雪を見に出かけましょう」 「はい」 絖哉の言葉に、舞は嬉しそうに返した。 しんしんと降る雪は周囲の音を吸い取っていくかのようで、静寂の中、互いの声だけがささやかで大切な永遠の約束の証として交わされた。 絖哉は舞が寒くないように傘を差し掛け、そっと後ろから寄り添う。 胸に温かな光が灯ったような幸せを抱きながら、二人は空を見上げる……。
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