●『らぶらぶクリスマス?』
「ナハトさんっ!」 部屋に響く元気な蒼の声。 「ああ、蒼。準備できたよ」 最後のフォークを並べ終えたナハトが蒼を振り返ると、蒼がなんだかいつもと違う微笑みを浮かべている。大好きな家族の前でもらったばかりの表彰状を取り出す直前の子どものような、そんな笑みだ。 「どうしたんだ?」 「ケーキ、作ったんです!」 大仰な身振りで、蒼が白皿に乗ったケーキを差し出した。 ……見るからに甘そうだ。反射的に微笑んだが、甘いものが苦手なナハトの口元は少し引きつっていたかもしれない。 「ナハトさん食べてくださいです!」 蒼の透き通るような青い瞳は、期待に満ちてきらきらと輝きながらまっすぐにナハトを見つめている。 「…………」 ナハトは笑みを張り付かせたままケーキ用の小さなフォークを取り、蒼が両手で差し出すケーキの皿を受け取った。フォークで一端を切り、口に入れる。 舌と歯が溶けそうなほどの甘さが脳に染みわたる。思った以上に甘かった。ナハトは遠のきかけた意識を必死で引き戻す。 「おいしい……蒼、ありがとう……」 なんとかお礼の言葉を紡ぎだすと、蒼は満面に笑みを浮かべた。 「よかったです♪ なんだか恋人みたいで嬉しいです」 そう言って嬉しそうに笑う。 「……恋人、みたい?」 「はいっ!」 幸せそのもの、といった表情で蒼がうなずく。 ナハトは胸の空気を全部吐くかのような深いため息をつき、近くにあったソファに座り込んで額に手を当てた。目を閉じた端正な顔に、細い銀髪がぱらぱらと落ちかかる。 そんなナハトが体調を崩したように見えたのか、蒼がおろおろとソファのすぐ右横の床に膝をつき、目の高さを合わせて顔を覗き込んでくる。 「どうしたです! 大丈夫ですか?」 ナハトはつむっていた目を少しだけ開けて、傍らの彼女を見た。目の前にある青い瞳の中心にナハト自身が映っている。 「……蒼……」 そっと名前を呼び、ナハトは右手を蒼の顔の辺りに伸ばした。 意図を図りかねたのか、蒼は小首をかしげてナハトの手に自分の手を添えようとしたが、ナハトはそのまま、細いうなじに手をすべらせた。 軽く蒼の頭を引き寄せ、そのまま口づける。 「好きだよ」 互いの吐息が感じ取れる程の距離で、告げた。 「あ……」 蒼の顔がみるみる赤く染まっていく。そして、ふらっ、と蒼の上体が揺らいだ。 「っと」 自分の側に倒れてきた彼女を、ナハトはソファに座ったまま抱きとめた。力が抜けてへにゃへにゃになっているが、どこかを悪くしたわけではなさそうだ。 暖かくて柔らかな重みがナハトの腕にかかる。可愛いな、と素直にそう思える。 彼女の髪を軽く撫でて、ナハトはささやいた。 「食事は、もう少し後でもいいよね?」 ナハトが腕をふるった料理、そしてお互いの気持ち。ゆっくりと確かめ合う時間は、まだ充分にありそうだ。
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