亜栗・光奈 & 城・涙緋

●『たとえば、こんなおとぎばなし』

 今宵はクリスマス・イブ。銀誓館学園も、クリスマスムード一色に染まっていた。
 毎年この日は、趣向を凝らしたイベントが数多く開催される。盛りだくさんのイベントの中から涙緋と光奈が選んだのは、温室で開催される仮装パーティだった。仮装をした2人が、『友情』を意味するヤドリギの枝の下でお互いの絆を確かめ合う……という趣向らしい。
 光奈は、薄桃色のドレスにティアラで着飾ったお姫様の仮装。
 その隣には、タキシードにマントで吸血鬼の仮装をした涙緋がいた。
「るぅくん、凄く似合っててかっこいいのです♪」
 微笑む光奈の前にひざまずいた涙緋は、その手を取って軽く口づけする。
「このまま攫って行っちゃうぞ? なんてね?」
 そう言うと、いたずらっぽい笑顔を光奈に向けた。
「どうぞ攫って行ってくださいです♪」
 膝を少し曲げ、ちょこんとお辞儀のポーズをする光奈。
「じゃあ、僕たちだけのパーティに行こうか」
 そう言うと、涙緋はいきなり光奈をお姫様抱っこして歩き始めた。
「きゃっ……?! 恥ずかしいよ、るぅくん」
「ふふ、見せつければいいんだよ」
 パーティ会場を抜け出した涙緋と光奈。
 夕闇に包まれる学園を、漆黒の吸血鬼がお姫様を抱きかかえて歩く。そんな2人に向けて時々拍手と歓声が起こり、中には携帯を取り出して撮影している人までいた。でも2人は、周囲の目もお構いなし。クリスマスの無礼講というか意地というか……そんな感じで、今日は何でも許されてしまう特別な日なのだから。
 やがて2人は、誰もいない校舎裏へとやってきた。
「皆……見てたね。あはは、なんだか恥ずかしいな」
「ほんと、ちょっぴり恥ずかしかったのです……けど、嬉しいのは何ででしょうね♪」
 顔を見合わせて笑い合う2人。
 降り始めた雪が、木や植え込みや地面を白く染め上げていく。
「さあ、パーティの始まりだよ」
 涙緋は光奈をそっと降ろすと、手を取り、腰を抱いてワルツのステップを踏み始めた。
 淡雪の舞い散る中、お姫様を攫った吸血鬼と、攫われたお姫様が舞い踊る。
「大好きだよ、光奈。ずっと……ずっと離れないでいてね……」
 涙緋が、どこか不安そうに問いかけた。
 颯爽とお姫様を攫ったけれど、その心までは攫えないと思っているのかもしれない。
「ええ、私もるぅくんとずっと一緒にいたいです……だから離さないのです……♪」
 お姫様は、吸血鬼をぎゅっと抱きしめながら答えた。
(「私はもう心まで攫われちゃってるんだから……何も心配しくていいのに……」)
 涙緋の不安を打ち消すかのように、さらに強く抱きしめた。
 ――クリスマス・イブの夜、お姫様の心を攫った吸血鬼がいました。2人は雪の中で楽しく舞い踊り、やがてお姫様は、吸血鬼のお屋敷へと連れ去られていったのでした。その後どうなったかは、2人のみが知ること……。
 たとえば、そんなおとぎばなし。



イラストレーター名:つかPON