●『First Christmas』
小雪舞い散る白い夜。 長い年月に身を委ね、すっかり寂れたその館にも聖夜の奇跡は訪れる。 「こんなものかなー……っと」 暖炉の調子を見ていた桟敷は火かき棒を隅に置き、立ち上がってぐるりと室内を見回した。今日は大切な人と共に過ごす初めてのクリスマス。豪華なツリーも甘いショートケーキも、奮発したローストチキンだって揃っている。極めつけは壁に掛けられた記念のリースだ。桟敷はパチパチと小気味よい炎の音を背景に、満ち足りた幸せの香りに胸を浸すと、幸福の源泉たる最愛の人の姿を探した。 その頃、シュレーンは静寂を纏った夜を嬉しそうに眺めていた。窓から漏れる暖炉の光を受けながら、バルコニーの手すりまで白く染め上げる雪は、時折風に乗って彼の頭上にも舞い降りる。曇り空を仰げば頬に首にと冷たさを降らせるそれがなんだか心地よくて、瞼を下ろしたシュレーンはしばし雪と風に抱かれるままになっていた。 と、唐突に柔らかな温もりがふわりと彼に被さる。 「風邪ひくよ?」 「桟敷……」 囁くような愛しい声。桟敷が心配してくれていたらしい。冷えきったシュレーンの指先は、ブランケット越しにも関わらず桟敷の指の熱を過敏に感じ取り、じんわりと痺れるような温もりがシュレーンの掌を包み込んだ。 「ほら、こんなに冷えている」 少し攻めるように言う彼の指には、赤い石を抱いた白金のリングが輝く。そして布の下に隠れた自らの指を飾るのは金銀細工の指輪。己の誓いを相手に託した、その絆がこの先もずっと彼らを繋ぐことだろう。 「初めて2人で過ごすクリスマス、ですね」 桟敷に抱き締められたまま、シュレーンは嬉しそうに呟いた。 「ああ……前の俺からはこんなこと、想像もつかなかったのになあ」 「一緒にダンスも躍りましたしね」 シュレーンが笑ってそう言うと、桟敷は照れた様に少し目をそらした。 深々と降る雪が全ての音を飲み込む中、囁くような2人の会話だけがはっきりと白い闇に響く。 「レーンさん」 呼ばれて、シュレーンは視線だけで返事をする。 「貴方がいるから、今の俺がいる」 俺のかけがえのない人。 まっすぐに相手の瞳を見つめてそう告げると、桟敷はそっと耳元に口を寄せた。唇の動きに合わせて一層その顔を赤らめる。いつの間にか恋人と向き合ったシュレーンは、そんな桟敷を、大切な伴侶を見上げて深い愛情を笑みに浮かべていた。 「桟敷さん、私も……」 相手が全てを望むのなら、私は全てを差し出そう。 そして私も同じように、貴方の全てを欲しいと願う。 2人は人生を分け合うと決めた、パートナーなのだから。 「それに今日は……」 「クリスマスだし?」 「です」 「……ははっ!」 笑って白い息を吐き出すと、桟敷は瞳を閉じたシュレーンに顔を近づけた。 この温もりを決して手放したりはしないだろう。 いつまでも、いつまでも。
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