●『Ich tanze einen Tanz』
「あれ」 いつの間に、と砂夜は呟いた。 テラスから見上げた空より、舞い降りてくる白い雪。つきかけていた溜息も忘れて、砂夜は雪へ近付くように一歩、また一歩テラスを進む。 「ホワイトクリスマス……か」 「だねぇ」 すぐ後ろから聞こえた声に、砂夜は振り返って頷く。今日のエスコートを引き受けてくれたクリストフは、タキシード姿でいつものように微笑んでいた。 ――クリストフ君にエスコートを頼むようになって、3年目か。 不意に、砂夜はこれまでの出来事が脳裏をよぎるのに気付いた。一瞬だけのその感覚に、少しだけ目を細める。 今年も彼と一緒に過ごしたかったから……晩餐会のエスコートを頼みたいのだとクリストフに告げれば、彼は今年も快くそれを引き受けてくれた。 解っている。 彼はきっと、それが自分以外からの頼みであっても、同じように笑って引き受けるだろう。 彼は、そういうひとだから。 女性に誰よりも優しいフェミニストだという事を、砂夜はよく知っている。 そういう所も、何もかもすべて……砂夜は好きなのだから。 その優しさに甘えている事も、だからこそ我侭を聞いてもらっている事も。 わかっている。 でも、解っているけれど、それでも願ってしまうのだ。 ――この日だけはクリストフと一緒に、いたいって。
完璧な笑顔を浮かべて、方々に必要な挨拶を済ませて……だから、砂夜はテラスへ抜け出した。まるで、逃げるかのように。でも。 (「ついてくるの、当然だよね」) それにクリストフだけが気付いて、クリストフはすぐ後ろを追ってきた。 テラスに出てから2人が交わした言葉は、互いにその一言ずつだけ。 その後、なんとなくどちらも言葉を口にしないまま、はらはらと舞い降りてくる雪を眺める。 ――不思議だ。 なんだか色々と、ゴチャゴチャと考えてしまっていたはずなのに、雪を見ていたらすっと、雑音が消え去るかのように頭の中がクリアになっていくような、そんな不思議な感覚がする。 そのせいだろうか? いつの間にか、中からワルツの調べが流れてきていた事に、砂夜は気付く。ゆったりと奏でられる音楽に合わせて、砂夜は振り返った。 「ね、クリストフ君。踊ってくれる?」 「勿論」 頷いたクリストフが伸ばした手に、自分の掌を重ねて、中へ戻る。
――さあ、踊ろう。 せっかく彼と一緒にいるのだから、この時間を、大切なひとときを、楽しまなければ勿体ない。 そうしてまた、思い出をひとつ、積み重ねる。 (「……来年もまた、クリストフ君と一緒に……」) いられたらいいなと、ささやかな願いを載せて、砂夜は彼とのダンスを楽しむのだった。
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