●『Sweet Sweet Christmas』
「折角の初クリスマスだもの。今年は家でパーティしましょ」 去年のクリスマスに告白してから一年。あの時は、まだ二人の関係は恋人ではなかった。やはり、今年は特別なものにしたい、と舞矢は考えていた。 「ん、じゃあ手伝いするね」 青麗も同じ思いなのだろう。勿論、恋人の料理の腕を信頼しているというのもある。皿に並ぶたくさんの美味しい料理を想像し、即座に賛成した。 だが、その信頼に少々の誤算が含まれていたことは、この時点では知る由もない。
名雪舞矢はドジっ子である。 「はわっ」 舞矢の手がすべり小麦粉の入ったボウルが宙を舞う。あたり一面に粉が飛び散り、白い煙が広がる。 そしてその煙は。 「へ? ふぁっ、はっくしゅんっ」 物珍しそうに生クリームの絞り袋を眺めていた青麗の顔に襲い掛かった。慌てた青麗は思わず手に持っていた生クリームを強く握り締めてしまう。不幸は重なるもので、先端の金具を眺めていたのがまずかった。口金から勢い良くクリームが飛び出る。 清麗の端正な顔はまたたく間に小麦粉と生クリームでデコレーションされてしまった。 誤解がないように述べておくが、舞矢は料理が得意である。ケーキを作ったのも初めてではない。 このような事態に陥っているのは、ひとえに彼女が緊張しているからだ。恋人とのクリスマスということで、美味しいものを食べさせてあげたいという強い思いが、逆に彼女から冷静さを奪い、いつも以上にひどいドジを連発している。また、普段ならフォローするはずの青麗もケーキ作りは初挑戦で勝手がわからないというのもある。 かくして、キッチンは小麦粉が飛び散り生クリームが舞う戦場と化した。
3時間後。 「これで完成っ」 清麗が生クリームを絞り終え、ようやくケーキが完成した。実にレシピに書いてあった倍の時間と倍の材料を使用しての完成である。 しかし、長かった戦いもこれで終わり、そう思うと青麗にも安堵のため息が漏れる。 「あ、青麗クリーム付いてる」 同時に頬に感じる暖かい感触。すぐに触れたものが何かを理解し、顔を赤く染める。 「舞矢も、クリームいっぱいだよ?」 お返しとばかりに、指先で顔を撫でるように舞矢についたクリームを掬い取る。 「ふふふ」 どちらからともなく、笑いが漏れる。 甘いクリスマスはまだ、始まったばかりだ。
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