●『カウントアップ』
幼い頃から何度も訪れている場所が、今日は少しだけ特別な意味を持つようになる。 そんなクリスマスの夜、鈴女は幼馴染である語の部屋を訪れていた。
「お邪魔します、あやにぃ」 ドアを開くと、見慣れたベッドに腰掛けていた語が待ってましたと言わんばかりに立ちあがり彼女を迎え入れた。 やはり二人で一緒に過ごした去年のクリスマスは鈴女が迎え入れる側だったが、今年は逆の立場となる。そしてあと一つ、二人の間には大きな変化が訪れていた。 語はにやりと微笑み、再びベットに腰を下ろす。 (「去年はまだ寸止めのキスで済んだけど、今年はそうはいかん」) 去年までの二人は義兄弟の仲、しかし今年は恋人同士だ。もうキスを我慢してやる理由はなかった。密かに欲望渦巻く語に向かって、鈴女はかわいらしく首をかしげながら問いかける。 「膝の上に乗ってもいい?」 ……その相変わらずの危機感のなさにやや呆気にとられつつも、こんな風にかわいく言われては語には断るすべもない。 「ええけど……何されても知らんで?」 その言葉を聞き、鈴女は語の膝の上にちょこんと腰かけた。大好きなあやにぃの顔がよく見えるよう、前ではなく横向きで座る。小さい頃はこうしてずっと近い距離で喋っていたのだ、今更恥じらう事などなかった。 そんな鈴女の意外な大胆さに応じ、語も彼女の顎に手を添えると、こちらを向かせてじっと見つめ返す。 彼女の青い瞳の中にちらつく自分は去年と同じ姿をしていた。ここで寸止め、悪戯でした……で終わってしまった去年のクリスマス。けれど、今年は――。 (「寸止めはなし、や」) 「……逃がさないわよ?」 ――え? 語がいざ行かん、とごくりと息を飲み込んだ瞬間、静かに響いた鈴女の声。 思わず目を見開くと、視界いっぱいに広がるのは紛れもなく彼の愛しい歌姫の姿で。 そして――。
「ちょ……やられたなァ……」 まだ柔らかい感触の残る唇を押さえ、語は照れ隠しに軽く頭をかいた。予想外の先手を打たれ、柄にもなく頬が紅潮しているのを感じる。しばらく鏡は見ないほうがいいだろう。 「……ふふ、びっくりした?」 鈴女はやはり顔を赤らめてうつむきながらも、どこかいたずらっぽく満足げに微笑んでいた。去年は心臓が止まるぐらい驚かされたのだ、これくらいの仕返しはしないと割に合わない。 「まあ、でも」 ようやく平常心を取り戻してきた語はふう、と息をつくと。 「こういう嬉しいドッキリは大歓迎やねんけどな?」 そう言って、鈴女にニカッと笑いかけるのだった。
「あ……あやにぃ、雪が降ってるわ」 「お? どれどれ……」 その時ふいに開け放しにされていた窓から白い雪が舞い込んだ。二人は立ちあがり、窓辺で雪の降る街を見る。寒くないように、二人で寄り添って。 「ふふ、すてきね」 「そやな」 二人はいとおしそうに見つめ合い、確かな変化と幸せをかみしめると、どちらからともなくキスを交わし合った。
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