●『おかえしはキスで ―First Kiss―』
もうあれから、どれくらいの月日が流れたのだろうか。 一年半前、一成からの告白で、二人の恋は始まった。 その身長と体格から、異性に引かれてしまうことが多かった若菜にとって、一成のくれた言葉は今もなお新鮮に、そして不思議と暖かく胸に残っている。 ツリーの下で待つ相手にクリスマスカードを贈り、贈られた方はお返しとしてキスかパンチで応えるという、一風変わったクリスマスイベント。 季節の行事の力を借りて、今日こそはもう一歩、二人の関係を進展させたい。そう意気込む若菜であったが、如何せん、色恋沙汰に関して初心な彼女には、その『一歩』を踏み出す勇気を奮い立たせることが一苦労なのだ。 どぎまぎする胸に手を当て、大きく広がったツリーの屋根の下で雪を見上げていると、程なくして待ち人が現れた。 「若菜さん、お待たせ!」 「待ってましたよ、一成さん……」 片手を振って駆けてくる一成に優しく微笑みかけ、若菜は一歩前へ進み出る。こんな風に簡単に、踏み込めたら楽なのに……そう、心の中で小さな溜息をつきながら。 180センチを超える長身の若菜に対し、成長期半ばの一成はようやく165センチに届くというところ。大好きな彼女のルビーのような瞳を見上げて、一成は用意しておいたクリスマスカードを差し出した。 「帰ってから開けてほしいんだ。俺の気持ちが書いてあるから……」 赤と白の小さなポインセチアが描かれたカードの表をそっと撫でて、若菜は微笑み、頷いた。 「では……目を瞑って頂けますか?」 愛らしいクリスマスカードへの返事は、もちろん。 迷いに迷った挙句、恋人の鼻先へキスを落とそうと若菜がゆっくりと身を屈める。しかし――年下の恋人は、それより一枚上手だった。 「……!?」 ふわりと重なったのは、唇と唇。 背伸びをして重ねた顔を一成がゆっくりと離していけば、そこには耳まで真っ赤に染めて目を瞬かせる若菜の姿があった。 「へへ…びっくりさせちゃいましたか?」 ちょっと思い切り過ぎたかな、と、照れ笑いで頬を掻く一成。そして少年は、頼もしげにこう言った。 「いつか、背伸びをしなくてもいいくらい、君に近付いてみせるよ。絶対ね?」 それはただただ純粋で、まっさらな『好き』の気持ち。 心からの感謝と、大好きの想いを込めて……メリー・クリスマス。 一成らしい優しさに溢れた言葉に、若菜は更に頬を染め、それでもたおやかに笑みを返すのだった。 『世界で一番、君のことが好きだよ――若菜』 カードに書かれたメッセージに彼女が気がつくのは、もう少し後のことである。
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