●『小さな幸せ in silentnight』
「よし、準備完了」 戒一郎はクイッと眼鏡を上げて、コタツの上に載った分厚い冊子をギロリと睨みつけた。 今年受験生である、戒一郎にとって、今からやっても損はない受験勉強。 そのために用意された赤本やセンター試験対策の問題集がずらりと並べられた勉強机兼用のコタツは、まさに今から勉学の戦場と化そうとしていた。 「っ!」 グッと。 ペンを握り締める手にも力が入る。 ペラリとページをめくり、ガリガリとペンで問題を解いていく。 たまに解答や解説を見ながら問題を理解し、前へ前へと進んでいく。 ガリガリ、ガリガリ……。 最初は勢いのあったペンで文字を書く音。 ガリ、ガリ……。 それは次第に弱まり。 ガッ……。 最後には。 バタリ。 と。
そんなことも露知らず。 「戒一郎様は頑張っていますでしょうか」 音を立てないようにそっと扉を開けた霧芽は、そのままこっそりと部屋の奥へと進んでいった。 その手には、差し入れ兼クリスマスのお祝いのつもりで購入したケーキが入った箱がある。 勉強の合間に、暇を見つけて食べてもらえればいいと。 そんな風に考えて買ってきたのだったが……。 「……?」 戒一郎が勉強に励んでいるだろう、その部屋の扉を開けた霧芽を待っていたのは、眠気に負けて机に突っ伏している彼の姿だった。 「まったく、戒一郎様ったら」 半ば呆れつつも、霧芽は彼を起こさないように、そっと自分の着ていたベージュのコートをかけてあげる。 その寝顔を見ていたら、わざわざ起こすのもかわいそうに思ったからだ。 空いている場所を見つけ、自分もそのコタツに潜入し、すぐ隣で眠っている戒一郎の寝顔を優しく見守る。 「風邪を引いてしまわれますよ?」 言葉に出しつつも、それは小声で。 あくまで眠っている彼を起こさないように、だが注意だけはしておく。 そんな風に見られているとも知らず、眠りの世界に誘われている戒一郎は幸せな夢を見ているのか、だらしなくニヤニヤとしていた。 「ふふっ」 霧芽はそんな彼を愛おしく感じ、小さく微笑んだ。 「去年の約束、守れましたね」 ツンツンと頬を突き、穏やかな目で彼の寝顔を見つめる。 きっと、この目が開かれたとき、彼は驚いた顔をするのだろう。そのときなんと言って迎えようか。やはり、頑張ってますねと言うべきか。 そんなことを考えつつ、霧芽はゆっくりと目を閉じた。 そのまま彼女も夢の世界に誘われたのは言うまでもない。
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