●『クリスマスに夫婦でキッチンバトル!?』
「やっぱクリスマスケーキは俺が作った方が安全だと思うんだ」 年に一度訪れる特別な日に連と力の間に起こった騒乱。全ての始まりは、連の放ったその一言であった。 連は力が毎年のように作るケーキに頭を悩ませていた。彼女が作るのは『ケーキ』と称してはいるものの、その実態は生ゴミに近い。 それに、料理をそつなくこなす連にすれば自分が作る方が早くて確実なのは言うまでもない。 だが、力がそれで納得できようはずもなく、彼女は『嫁』としてのプライドに衝き動かされるまま、連に向けて啖呵を切った。 「なら、私と料理勝負よ!」 「分かってねぇぇえぇッ!?」 自信満々な力を前に思わずツッコミを入れながらも連は結局この提案を承服し、二人は開戦の合図とばかりに、盛大に椅子を鳴らして立ち上がる。 愛用するバンダナを今日は三角布の形に巻いて、黒いエプロンの紐を締めて連の気合は十分。 それに対する形でキッチンに力が現れた瞬間、間髪入れずに連は二度目のツッコミを放った。彼女の服装は毎年愛用しているミニスカサンタ服だったのだ。 「……そんな装備で大丈夫か?」 「大丈夫よ。問題ないわ!」 自信満々に即答する力。だが、それが余計に連を不安にさせながら調理は始まるのであった。 連の手際は見事なものだ。材料の計量から調理までを淀みなくこなし、気がつけば、見事なブッシュ・ド・ノエルが完成を目前にしている。 一方、力の方からは何かを煮る音が響いてくる。連が調理の傍ら耳を澄ましている限りでは、まだ不穏な音は聞こえていないが、それも時間の問題――と思った瞬間。 何かが割れる音が盛大に響き渡る。それも一つでは無く連続した無数の音が奏でる大合唱だ。 (「どうか無事に終わってくれ」) 祈るような気持ちで連が完成品を食卓に乗せてしばらくした後、力が運んできたものを見て彼は唖然とした。 ケーキというにはとてつもなく毒々しく、何故かタコの足が飛び出した『ソレ』を前に、口の前で指を組んで満面の笑みを浮かべ、力は言う。 「今年もかなりの自信作よ!」 (「ううむかわいいじゃねぇか、じゃなくて」) その姿に一瞬見とれながらも、連は冷静になって彼女に問いただす。 「……味見、してねぇだろ?」 「ぇ、してないけど?」 予想通りの返答にげんなりしながら、連は力に持ちかける。 「せーので食うぞ。はい、せーの」 そして、口にした直後、二人は床で悶えていた。 まるで死闘の直後のように生気の喪失した声を連は絞り出す。 「……な、分かっただろ? 大人しく俺のケーキ食おうぜ?」 だが、テーブルを挟んで座る力は涙目だ。 「むくれんなって。ほら、あ〜ん」 それを見てとった連は彼女に一切れのケーキを差し出し、力はそれをおずおずと咥える。 「……美味しい」 「ん、そりゃ何よりだ」 やがて交わされた言葉と共に、二人は優しく微笑みあう。 騒がしくも幸せな二人の時間が、これからも続かんことを。
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