楡崎・洋子 & 梅咲・一花

●『腕を組むだけで心が跳ねて 』

 こ……恋人っぽい……。
 なんだか、すごく、その……恋人っぽい。

 至極当然な事のはずなのに、その事実になんだか妙に戸惑ってしまっている事に、洋子は気付いてしまっていた。
 手持ち無沙汰にしていた手を恋人の一花に取られ、クリスマスイブで賑わう街を一緒に歩く……ただ、それだけの事なのに、なんだか不思議に思えてしまう。
(「去年までずっと、デートだと認識しているかどうかも怪しい過ごし方をしていたから? それとも、この雰囲気に呑まれてしまったせい……?」)
 思い当たる節はいくつかあるけど、どれもしっくりこなくて。
 むむ、と考え込むような仕草をしている洋子の姿に、一花は不思議そうな視線を向けている。

「……あのさ」
「何、洋子さん?」
「なんかこう……触りすぎじゃない?」
 しばらく考えて、洋子はその推論に達した。
 いつもとは全然違う距離感、あまりに近過ぎる2人の距離。そのせいで心臓が跳ねて落ち着かないのだという事に、ようやく洋子は気付いたのだった。
「そうでもないでしょ」
 洋子の言葉に一花は目を丸くして、吹き出すようにくすくすと笑った。苦笑いするようにして、彼は洋子の顔を覗き込んでくる。
「っていうか、洋子さんってさ……」
「え……?」
 口元に楽しそうに笑みを浮かべて、一花の顔が近付いてくる。
 どきん、と自分の心臓が大きく跳ね上がったことに、洋子は果たして気付いたのかどうか。
「……割とこういうの、好きだよね?」
 つい、と耳たぶに触れるかのような距離感で、近付いた唇が囁く。
 その声が、生々しくかかる暖かい吐息が――。
「――っ」
 背筋に何かが走るような感覚。ありえないくらい、熱を帯びる頬。
 たった一言だけ。でも、それだけなのに洋子の背筋は溶け崩されてしまう。
「う、うめざ……」
「一花」
 いつの間にか背中に回された腕に抱きしめられながら、洋子はたった一言、彼自身の口からその名前を聞く。
「こういう時は名前で呼んでほしいな。……『洋子』には」
「あ……」
 囁かれた、呼ばれた自分の名前、その意味。
 それに気付いて、でもそこから何かを考えられないほど洋子の頭が、胸が、心の中が痺れていく。
 ……なんだろう、これ。
 体の距離も、心の距離も……あまりに、ありえないくらいに、近すぎて。
 洋子の体は熱や毒に犯されておかしくなってしまったかのようで。喉なんてカラカラに渇いてしまって、それで。
 動けない。
「一……花……」
 呻くように、喘ぐように。ただ、そうやって、彼の名前を呼ぶことしか出来ない。

「――うん。じゃあ、行こうか?」
 満足げに笑った一花は洋子の腕を取ると、自分のそれと絡ませて、ゆったりと歩き出す。レストランを予約してあるんだという、その言葉に誘われるように……ぎゅっと。
 一花の腕を掴んで、洋子は歩く。
 クリスマスの夜……ふたりで。そう、あなたと……一緒に。



イラストレーター名:秋月えいる