●『君が為に温もりを』
聖夜の街を寒風が舞う。 肌を刺す冷たい空気だけど胸の中は暖かい。そんなしあわせそうな恋人達がクリスマス・イヴに染まった並木通りを行き交う時節。
幸福な人波のなかにケイン・ハイアットと勅使河原・氷魚の姿があった。おしゃれな店でディナーを終えたその帰り道に、ふと、氷魚が街角にある大きなツリーを見上げる。 「ケイン、お渡したいものがあります。……いえ、あるの」 樹の下で立ち止まった彼女は、遠慮がちにケインの袖を引いた。俯いた顔をおずおずと上げて、氷魚は華やかに微笑む。 「これは」 「メリークリスマス、ケイン。今夜を一緒に過ごしてくれてありがとう」 ケインは嬉しそうに満面の笑みでプレゼントを受け取り、丁寧にラッピングされた包装を解く。氷魚も緊張しているようで、笑顔の奥に秘められている揺れる想いが彼にまで伝わってきた。 中から出てきたのは白地に薄らストライプが入ったジレだった。 「こちらこそありがとう、氷魚」 ケインが照れたように視線を外すが、それは一瞬だけのこと。再び氷魚に向き直る。 「……私も、丁度これをどうやって氷魚に渡そうか考えていたところだ」 ケインから差し出されたプレゼント、それは氷魚にあわせて特別にオーダーメイドされたムートンコート。ケインの表情が不意にやわらぐ。 「とても暖かいので今着るといい」 そういって氷魚の着ている上着を優しく脱がせる。白い素肌と対照的なコントラストを織り成す黒のドレスを身につけた氷魚があらわになり、彼女の後ろに回りこんだケインは贈ったばかりのムートンコートをその背中に掛けた。 氷魚はコートの暖かさと共にケインを感じる。 「本当に……暖かい」 するとコートの温もりを感じていた肌に、さらに強く、大切に抱きしめられる感触が伝わってきた。氷魚の後ろから、ケインが背中越しに抱き締める。 氷魚が切なげな表情で振り返る。 彼女の真直ぐに見つめる瞳は今、ケイン一人の姿だけを映す。氷魚の眼差しに胸の鼓動が早鐘のように高まる。 瞳を静かに閉じる。 ケインは氷魚を。氷魚はケインを。 互いに感じあう温もり。 ふたりはどちらからともなく自然と顔を近づけて、唇を重ねた。
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