●『桂の張り込みクリスマスwith相』
橘・相は怪しくない。 往来でフライドチキンのパックを抱えているだけである。 彼女の視線の先にいるのは、親戚のお兄さんこと橘・桂。ただいま、熱心に張り込みを行っている。 相は本日クリスマスということもあって、ひょっとしたらロマンチックな夜が期待できるかもと胸を高鳴らせて、フライドチキンを持って彼の部屋に訪問したのに。
「すまん、これから仕事だ」
そんな相の淡い希望は無残にも打ち砕かれた。 桂の職業は探偵である。 お仕事というのは『依頼されたターゲットの追跡と張り込み』だそうだ。 なにもこんなクリスマスにまで働かなくてもいいじゃない、と思いつつ、それでも律儀に桂の仕事にまでついてきたというのが現在までのあらまし。 張り込みといっても別段、特に何も起こらない。 時間だけが過ぎていき、吹く風がとても冷たい。 今日はクリスマスのはずなのに。 でも、本当に。 今日は、クリスマス……なのかな? だって、こんなクリスマスがあってわけないから。 もしかして悪い夢だったりして。 枯葉が数枚、寒風と共に通り過ぎていった。 (「……私、なにやってるんだろう」) はぁ。 漏れる吐息。 さみしい。 真っ昼間から壁際に隠れて、往来でフライドチキンのパックを抱きしめて。今日はクリスマスのはずなのに。 とても悲しくなってきた。
そのとき、ドンという衝撃が走った。
不意に世界が真っ暗になった。気がつけば地面に押し倒されている。 すぐ鼻の先までの距離に――桂の顔。 桂の顔? 「きゃっ! 何!?」 叫びかけた口を桂の手が抑える。 ドキドキと心臓が高鳴る。 「静かに。じっとして」 桂はさらに体を寄せて相に全身を押しつけ、後ろ手に回された腕が強く相を抱きしめる。彼の感触がコート越しに伝わってくる。 (「まさか……」) 息がかかりそうなほどの距離に眼鏡を掛けた桂の顔がある。跳ねるような鼓動。胸が締めつけられ爆発しそう。桂が瞳を見つめて囁いた。
「……見つかりそうになった。少しの間、こうしててくれ」
暫しの空白。 やっと状況を理解する。 しばらくして、何事もなかったかのように桂は張り込みに戻ってしまった。 なーんだ、そういうことか。 探偵家業も大変ね。 …………。 ……。 ちょっと、このドキドキはどうしてくれるのよ!
その胸の奥にはトクン、トクンと甘い疼きだけが残されていた。
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