●『明日という名の希望』
クリスマス。 ライブ会場は病院の一室。実習でお世話になっている病院のクリスマスパーティーがあるから、その時間の一部を借りてささやかなライブ演奏を披露する。 燈火が控え室に入ると、相方の伊吹が用意された衣装を着込んでギターのチューニングを始めるところだった。燈火は笑顔でコーヒーの注がれた紙コップを差し出す。 「手伝ってくれてありがとね」 「僕に拒否権はないんだろう。ま、引き受けたからには最善を尽くす」 そういって溜息を吐きながら紙コップを受け取る伊吹。昔から、義弟は押しには弱い。 燈火は人差し指でキーボードの鍵盤を弾いて、軽やかに電子音を響かせる。 「さあいこう、伊吹」 聖夜のライブ。希望を届けに。 拍手に迎えられて燈火と伊吹はステージに上った。 手作り風の飾り付けが暖かい。サンタクロースの衣装をアレンジしたコスチュームに会場から感嘆が聞こえる。よし、つかみはオッケー。 初めはそっと、徐々に強く、音が染み込むようにキーボードを奏でる。タイミングを見計らったように続いて伊吹のギター、そしてコーラス。場が温まったところで燈火の歌が始まった。 会場を澄んだ歌声で満たす。想い、そして祈り。キーボードで奏でられるメロディは軽妙なギターサウンドの伴奏と合わさり、透明にさざめくソプラノの波間に重まる。調和する。 祈りあげるような歌声は燈火の想い。彼女の祈りを、叫ぶように、囁くように、伊吹がコーラスが包み込む。心地いい歌のハーモニーの中、燈火は彼の息使いを感じた。 歌にあわせて会場に笑顔が広がっていく。顔をあわせたことのある患者さんや、いつもお世話になっている医者の先生、それに看護婦さん達。 みんなの温もりが伝わる。流れる旋律を介して。 優しいシンフォニィは、リズミカルなサウンドと共に最高潮を迎えた。 歓声が聴こえた。 これがライブの一体感。 燈火が顔をあげると、光の煌きが見えた。
「お疲れ様。どう、達成感あったでしょ?」 「悪くはなかったな」 と答えながらもタオルで汗を拭く伊吹の表情もまんざらではない。燈火も汗ばむ肌を拭きながら。 「本当はもう少しベースラインを厚くしたかったけどね」 「なんだ。僕では不服だったか」 「まさかね。楽しかったし」 明日があるって、とても素晴らしいこと。 明日があると信じるから、みんな今を頑張ろうって思えるから。 「……私も長く入院してたからわかるけど、明日を忘れそうになることもあるから、今日のことがみんなの助けになればと思って……でも、逆にみんなから元気をもらった気がする」 伊吹が上気しながら話す燈火を見つめていると、くるりと彼女が振り返った。 「私も頑張らないとね」 さりげなく伊吹の腕に燈火の腕が絡められる。 輝くような笑みを浮かべながら。 「さて、打ち上げ行こう。打ち上げ」 お互い寂しい一人身同士。盛り上がりましょう。 また、曲を作るのもいいかもね。
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