●『めざめた山で』
『おかえり』 そう、聞こえた気がした。
水底にいるかのような静寂。 ひらりはらりと降る雪が、雲の切れ間から零れる月明かりにチラリと光る。 雲の切れ間からは、星も見えていた。 白銀に覆われた世界に、漆黒の闇の空。――空に瞬く、光。 「しらたま、そちらはどうかの?」 雪に染められたかのような白い肌、銀の髪に紫の瞳……雪の中で見れば、雪の精霊かとも思われそうな美しい童女の容貌である玲螺は古風な口調でありつつ、楽しげに言った。 「もっきゅきゅー♪」 玲螺の真モーラットピュアであるしらたまの応じる声も楽しげなものだ。 雪深い山の中、ふたりだけで山の木々に飾り付けをしている。 雪明かりと星明かりに負けない、きらきら光る飾りものの雪と星が木々を彩っていく。 「……ただいま、なのじゃ」 「きゅぴ?」 細く息を吐き、飾り付けを終えた玲螺の呟きにしらたまは小首を傾げた。
ここは、玲螺が封印の眠りから覚めた山だ。 ――七百年以上の昔、戦火を避けるように眠りについた山。 決して長くない……その頃を生きた自分や家族の事が思い出される。 呼ぶ声と言葉、笑顔と……温もりと。 自分が眠りについた後、皆も眠りについたのだろうか。 あるいは、それぞれの生をその時間でまっとうしたのか。 ……それ以外の可能性は考えないように、瞳を閉じた。 ここに来ると、玲螺は普通に暮らしていれば見ることのなかった未来を生きている自分を実感する。 意識せず、けれど確かに過ぎた時を。 「もきゅー……」 案じるように覗きこむしらたまに気付き、玲螺はゆるゆると目を開いた。 「……わらわ、今が好きじゃよ」 言いながら、笑みを浮かべる。『大丈夫』という、言葉の代わりに。 「しらたまも、皆もおるでな」 玲螺の言葉にしらたまはぽよんと跳ねた。 「もっきゅ♪」 楽しげなしらたまの声と様子に玲螺は笑みを深める。 静かな夜に、今も空から雪が舞う。ひやりとした空気がその場に広がっている。 二人だけの静かなクリスマスを、故郷の山の自然が見守ってくれている――そんな気がした。
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