●『二人きりの聖夜祭』
その日、窓の外が暗くなった頃、氷雨はクリスマスライブを終えて自らの住処へ帰宅した。 外で降り積もる雪のように、ライブの疲れでベッドへ沈み込めばどっと力が抜けてくる。 「はー、疲れちゃいましたぁー。もう寝ようかなぁ……」 寝床に身体を預け、部屋を見渡しても何もする気が起きない。 むしろ、このまま眠ってしまいたい衝動にすらかられるのだ。薄く閉じかける氷雨の視界は次第にぼやけ、意識が遠ざかる。 「氷雨入るよ、起きてる?」 「悠ちゃん? あれっどこ――窓からっ?」 ふいに窓辺から声をかけられたかと思えば、そこから現れたのは悠であった。 サンタは煙突から現れるのがセオリーだが、窓から現れるサンタは珍しく、氷雨は彼の登場に目を丸くする。 「クリスマスだし二人で一緒に過ごしませんか? なんだか疲れているようだけど、いいかな?」 サンタの姿で現れた悠に、しばし氷雨は沈黙していたがその提案を聞くとすぐ首を縦に振る。 大好きな悠からの嬉しい誘いだ、断るわけがないだろう。 「大丈夫大丈夫! 悠ちゃんが来てくれたから疲れも吹っ飛んじゃった! 今からあたしも着替えるから、ちょっと待ってて!」 悠との小さなクリスマスパーティーに心を躍らせて、勢い良く氷雨はベッドから飛び起きた。 「え、ちょっと氷雨……。待って、氷雨!」 飛び起きてすぐに悠とお揃いのサンタの服装を手に取れば、男である彼の目の前で氷雨が着替え始めたのだ。 大慌てで止めに入る悠と、しばらくその事実に気付かずに首を傾げる氷雨がなんとか着替えを終え、ようやく開始される小さなクリスマスパーティー。 「全く、さっきはびっくりしましたよ」 照れたような笑みを浮かべ、テーブル上の飲み物を取った悠は氷雨へと乾杯の合図をする。 二人のクリスマスに用意されたディナーは簡単な飲み物と食べ物、ケーキだけだが氷雨は幸せそうな笑顔で自分のジュースを悠に向けて言った。 「今日はありがと、悠ちゃん! また来年もよろしくだよう!」 来年も同じように、二人で居ることを願い、氷雨と悠のグラスが軽い音を立てる。 「乾杯! そしてメリークリスマス!」 どちらともない明るい声が部屋中に響き渡り、ささやかなクリスマスパーティーは成功を告げるのであった。
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