●『舞踏会の後に』
深々と降り積もる雪の中、屋台が客寄せ用に使う独特のメロディーが夜の闇に溶けていく。 雪の日でもクリスマスでも、いつもと同じ時間、同じ場所で、その屋台は凍える客に暖かいラーメンを提供していた。最近見つけた紫お気に入りの屋台だ。 「……おごりだから安心して食べなさい」 紫は葛馬にそう告げると、自身は「いつもの頂戴」と、簡単に注文を済ませた。 鶏がらの出汁がよく効いたスープに、しっかり絡む麺が絶妙なのだが、何故か客足はそれほど多くは無い。従って紫の貸切になる事も多く、寡黙な主人と冬の夜半の静寂が醸し出す雰囲気もまた紫好みだった。 クリスマスの舞踏会帰りの2人。なんとなくこのまま帰るのが勿体無くて、紫に促されるまま屋台の暖簾を潜った。 「ラーメン、ネギ大盛り油少なめでお願いします」 葛馬の注文を主人は低い声で「あいよ」と受ける。 (「それにしても屋台とは……相変わらずミステリアスなチョイスですね」) クリスマスにラーメン。らしいといえばらしい紫の選択に葛馬はある意味納得しながら、鶏がらスープならチキンみたいなものだろうか、等となんとなく考えていた。 そんな葛馬の内心を慮っているのかいないのか、 「気にいってる人しか連れてこないわよ……ましてやクリスマスの日に」 なんて、クールな彼女らしい口調で、彼女にしては珍しくストレートな気持ちを口にする。石動と一緒に居るとこういう所に来たくなる。紫は、自分にとって彼は飾らずに居られる存在なのだろうと分析していた。ストレートな言葉を口にできるのも、そのせいかもしれない。 「お待ち」 2杯のラーメンがカウンターに差し出される。冷えた大気とのギャップで、湯気がもうもうと立ち込める。ラーメンは熱々だが、矢張り雪の降る夜は寒い。寒いのではと尋ねる葛馬に、 「貴方と一緒だから平気」 等とふざけて言ってみせる紫だが、実は本音も少し入っている。 不意を付いた紫の言葉に葛馬は慌てた顔をしてしまい、それを隠すように一心にラーメンを啜る。「ん、うまい」と冷静に言って見せるが、少し染まった頬はラーメンのせいだけではなさそうだ。そんな様子を見た紫の中に、仄かな暖かさが宿る。 「そういえばクリスマスリース作るとき指怪我していたわね……。ちゃんと治療している?」 暖かい気持ちを胸に宿したまま、紫は葛馬の心配をする。まるで姉に心配される弟のようだと思いながら、大丈夫だと言う葛馬にちゃんと治療しなきゃだめだとお説教っぽく言う紫。そんなやり取りが、何よりも楽しい。
(「石動と一緒だとなんとなく安心できる……いいことかしらね」) ラーメンを啜りながら、想う。自分の気持ちを確かめるように。 2人そろってスープを飲み干す頃には、心も身体も暖かくなっていた。
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