●『契』
窓の外では冷たい夜風が街路樹を揺らしていた。 イルミネーションに飾られた木々はまるで荘厳で煌びやかな幻のよう。 傍らに愛しい人を伴い暖かな室内から見れば、その気分は余計に強まる。
鏡夜は彩希と共に窓際のソファに腰掛けたまま、眩しげに目を細めた。 半ば無意識の動きで手がポケットの中の小箱に伸び、表面を幾度もなぞる。 指先に覚えるのは、心臓が煩くて、指先が少し冷たくて。なのに熱い。そんな錯覚。 聖夜を大切な人と過ごすからこそ、の。 確か一年前は、と思考を巡らせた次の瞬間、鏡夜は小さく息を呑んだ。
「……俺の気持ち、伝えた日でしたよね」
「何て言ったの?」 鏡夜の呟きを聞きとめて、彩希はきょとんと首を傾げる。 その無防備な仕草に鏡夜は目元を和めた。 彩希も淡く頬を染めながら笑みを返してくれる。 そんな彼女が愛らしくて。愛しくて。 彼は手を口元まで持ち上げて、 「ふふ、内緒です」 人差し指を唇に当てる内緒のポーズをとる。 「もうっ」 途端、軽くソファを揺らして、子供のように拗ねる彩希。 そんなところもやはり愛しい。 「すみません、つい」 膨れた柔らかな頬に手を伸ばし軽くなでた。精一杯、心からの愛情を込めて。 確かについ意地悪をしてしまうけれど、それもこれも好きだからこそ苛めたくなる、のだ。 どんな時でも彼女が愛しくて堪らなくて、色んな彼女を見たくて、だから意地悪をする。 子供の理屈とは解りつつ、そんな時決まって彼は思うのだ。――愛しいのだから仕方ない、と。 「此方を向いて貰えませんか?」 ねだれば、まだ少し膨れたまま、なぁに、と彼女が振り向いた。 鏡夜の笑みは自然、いつにもまして愛しさを帯びる。 その愛しい気持ちに突き動かされるように、彼は彼女に手を伸ばした。 白く細い彼女の左手を取って。 するり、と自然な仕草ではめるのは、シンプルな指輪。飾り気は無いけれど、百万の言葉にもまして真っ直ぐと想いを伝えるもの。 彩希が瞳を瞬かせた。 「ね、鏡夜あの……」 言葉を遮るように鏡夜は続ける。 「彩希、貴女の左手も独占して……構いませんか?」 左手の、と言ったのは、右手は互いに独占しているからだ。 互いの誕生日に独占した、右の薬指。 ならば今回は――。
「……も、わかってるくせに」 白い頬を紅に染めて、彼女が彼の耳元で囁いた。私にもはめさせてね、と。 差し出されるのは彩希側の指輪。 本当は出す勇気なんて無かったのに、と零された可愛い文句を聞きながら、彼は彼女に手を預けた。
きらりと光る指同士を絡めて、二人の影が重なる。 誓いを交わし、想いを溶かして、互いの中に刻まれる、約束。 聖夜に結ばれた、それは少しだけ早い誓いの儀式。
窓の外では二人を祝福するように雪が舞う。 白く、白く。 二人の想いのように、いつまでも優しく降り積もっていた。
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