●『くたばれメリー』
街中は楽しげな音楽や笑い声が溢れているであろうと思われるクリスマスの夜。 カタカタカタカタ……。 パサ……。 部屋の中に響き渡るのは乾いたキーボードを叩く音と紙がめくられる音。 コタツの上にはノートパソコンが2台とマグカップが2つ。生クリームやスポンジ生地の欠片が残る白いプラスティック製のケーキ台紙とフォークも2つ。取り皿はない。切らずにそのまま食べた方が時間短縮で片付けも楽だ。色気はないが。コタツの周辺には資料や辞書が散らかっている。 クリスマスだからケーキは一応食べた、といった2人の大学生には全く関係のない行事であるらしい。 「今から、すべての言葉の最後にくたばれメリーをつけることとするー」 ノートパソコンのモニタを見つめたまま柊二が口を開いた。 「わかりました。くたばれメリー……」 同じくノートパソコンを見つめたまま砂夜が無表情に答える。 普通、この柊二の思いつきにツッコミを入れるか笑うかするのが大多数の反応だと思われる。が、大体の出来事は「……まぁ」でスルーできる技能を持っている砂夜は笑う事も異議を唱えることもない。ただそのまま受け止めて返すだけ。 ツッコミを入れるなり何なりの僅かな時間であれ、レポート作成の進行を妨げる。その間に1行でも進めた方が建設的だ。 そんな会話を始めた2人に色気というものを期待するだけ無駄であろう。まぁ、2人は同じ道を目指すパートナーであり、ただの知人だ。大量のレポートを目の前に世間一般的な甘い空気など漂う筈がない。 「巷では楽しいクリスマスだそうですよ……くたばれメリー」 ノートパソコンから視線を外し、柊二を見つめる――事もなく、資料を取り、資料と己の作成した画面を見比べる砂夜が呟いた。 『メリー』とは、『陽気』という意味があり、それを『くたばれ』という。砂夜としては『すべての言葉の最後にくたばれメリーをつけている』ただそれだけなのであるが、陽気な巷にくたばれと言っている怨嗟に聞こえない事もない。 「そりゃめでてーな、くたばれメリー」 片肘をついて自分の作成した画面を読み直す柊二は、どうでもいいと言わんばかりに返答する。どうでもいいというより、めでたい陽気な連中はくたばれ、という解釈ができなくもない。 巷が陽気で楽しいクリスマスであろうと、自分達はレポート提出直前で、お祭り騒ぎをしている暇はない。 んー、と伸びをする柊二。 「一旦寝るわー。きっとサンタさんはよい子の俺に、完成レポートをプレゼントしてくれるに違いない。くたばれメリー」 そのままばたっと床に背中から倒れた。 「まぁ、ファンタジー。おやすみなさい……くたばれメリー……」
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