●『聖なる夜の純白のキス』
少し前まで、王子と姫か、はたまた結婚式を迎える新郎と新婦かという綺麗な衣装で、璃音と紅曜は銀誓館学園で行われていた舞踏会に参加していた。 「折角のメイクと衣装だもんね」 楽しい一時を過ごし、二人がそのままの姿で帰路についたのは、璃音がそう言ったからだった。 家に戻ってから、二人でパーティを仕切り直して一時間が過ぎた頃、璃音が不意にバランスを崩し、倒れそうになった。 すぐ側にいた紅曜が、璃音の身体を慌てて支え、近くにあったソファーにそっと座らせる。 日頃の家事と慣れないダンスで身体の疲労がピークに達したのだろう。 紅曜は少し残念だったが、今までのクリスマスと比べれば、とても充実した時間を過ごせたことは明らかだった。 「そろそろ限界みたいだね。送って帰るよ」 名残惜しいと思いつつも、紅曜は璃音を気づかい優しく告げる。 すると、何か言いたそうな表情で、璃音が紅曜を見上げた。 だが、璃音は黙ったままじっと紅曜の瞳を見つめるだけで、なかなか言葉にしない。 二人は無言で見つめ合い、しばしの静寂の後、ようやく璃音が口を開いた。 「ウエディングドレスだよ? ボクは紅曜のお嫁さんなのに帰っちゃっていいの」 静寂を破ったその言葉に、紅曜の顔が一気に朱に染まる。 できればずっと一緒にいたいと思っていたいのは、璃音も同じだったようだ。 璃音は、羞恥心を捨てて、言葉を続ける。 「もっと一緒にいたい。紅曜にだから言うんだよ」 以前、初めて本気で好きになった人へ思いを告げられず、居心地の良い妹のような関係に収まった過去があった。 自分の気持ちをはっきり言わなかったことで辿り着く末路は、璃音が誰よりも理解している。 後悔をしたくない。それ故の覚悟を、璃音は胸に秘めていた。 すぅっと紅曜の手のひらが璃音の頬に伸びた。 親指が璃音の唇を撫で、僅かに開いていた口を閉じさせる。 それに合わせるようにして璃音は瞳を閉じた。 やがて、二人の鼓動は一つに重なった。
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