●『engage』
銀誓館での舞踏会を抜け出して、ドレスアップした慧奈と琉紫葵はしばし踊るようにして人混みで賑やかな夜の歩道を進む。やがて二人は大きなクリスマスツリーの前で自然と立ち止まった。 「舞踏会、楽しかったですねー」 慧奈が歌うように言う。 「そうだ、るし君が話したい事って何ですか?」 きらきらと輝くイルミネーションが、ツリー全体や辺りを華やかに飾っている。幻想的な風景に酔いしれながらも、慧奈は琉紫葵のほうへ向きなおり、気になっていたことを切り出した。 「その前に、これ。クリスマスプレゼント」 琉紫葵はコートのポケットから飾り気のない小さな箱を取り出し、慧奈に手渡した。 慧奈が箱の蓋をそっと開けると、箱の中にはシンプルなデザインの指輪が一つ。 箱を支える慧奈の右手の薬指には既に、3年前に琉紫葵から贈られた指輪がはまっている。 その時の言葉は『何時かこの指輪を左手の薬指にはめて下さいね』だった。 「今日のはホントに右手用なんだ。だから今つけてるのを、左手につけ替えて貰いたい」 琉紫葵の言葉に戸惑いを見せる慧奈。もちろん嬉しくない訳じゃない。 琉紫葵のことが好きだから一緒に暮らし始めたし、遠くない将来は結婚したいとも思っている。 けれど現実問題として、今は色々問題が多いのも確かだった。 「少し早くないですか?」 嬉しくって、素直に「うん」と頷きたかったけれど、慧奈は良識からくる躊躇いの表情でそう呟いた。 「俺も早いとは思ってるよ」 それでも頑に言葉を重ねる琉紫葵。その顔を真っ直ぐに見つめ、琉紫葵の意志を汲み取って、慧奈は小さな溜息をついた。 「強引ですねーるし君は」 「一年で打てる手は全部打つ。完全にはほど遠いけれどね」 琉紫葵は有言実行。 ならば自分はそれに答えたい。 その隣で彼を支える為に。 「それじゃ、一年後楽しみにしてますね」 慧奈は右手の薬指の指輪を外して琉紫葵に手渡す。 そして何もつけていない左手を微笑みながら差し出した。
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