●『今日は背景』
日本国内にある小さな異国。中華街。 店先からは温かそうな湯気と美味しそうな香りを溢れさせている。ところどころにランタン型の照明。漢字のみの店名の看板はライトアップして他の看板と競い合うように高く並んでいた。 昼の活気とはまた違った活気と、夜空に煌びやかなネオンを楽しげに眺めながら歩く2人。 昼間はあまり外に出たがらないエリュシオネスと一緒に出掛けるなら、こうして夜の街がいい。 「あら、この扇子素敵だわ」 とある店先のショーウィンドウを見て炎狐が足を止めた。 「……中華風の扇子というのは、日本のものとは少し違った雰囲気なのですわね」 フリルの多いゴシックロリータと呼ばれる服を好み、偶に着物に袖を通したりするエリュシオネスだが、中華風のものも良いな、と興味深そうにショーウィンドウを眺める。 「中華扇子にチャイナドレス……エリュちゃの綺麗な黒髪と似合いそうだわ」 炎狐は、エリュちゃんなら黒のドレス、いや、紅のドレスも似合いそう、等と色々想像上のエリュシオネスを着せ替えて、あれもいい、これもいい、と楽しそうに笑った。 「炎狐さんの方が背も高くてチャイナドレスは似合いそうですわね」 背の低い自分より、炎狐の方がチャイナドレスは似合うのではないかとエリュシオネスは思う。 「エリュちゃんに着て欲しいのよ。可愛いミニスカチャイナとか絶対似合うわよ!」 力説する炎狐が、がばっとエリュシオネスに抱きついた。 「え、炎狐さん……苦しいですわ……」 エリュシオネスは苦笑しつつも、無理に引き剥がそうとはしない。 通りすがった人々は、そんな2人を友達同士でじゃれ合う、ありきたりな光景だと微笑ましく見ているだろう。 でも、2人は貴種と従属種の主従関係を結んだヴァンパイアであり、親友以上でもある。
くすくすと楽しげに笑い合いながらあてもなく歩く2人。 その時、中華まんの美味しそうな匂いが2人の鼻をくすぐった。 「ちょっと小腹が空いてきたわね……」 「そうですわね……。美味しそうなアレのせいで……」 エリュシオネスが少し先にある店舗を指差す。 「何かちょっと食べていきましょ」 炎狐はエリュシオネスの手を引いて足早に歩き出した。 特別な日でも、ありふれた幸福に身を浸すのも悪くない、そう思って笑いながら……。
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