●『クリスマスでもいつもどおり』
冬の日が、足早に暮れてゆく。 普段なら客足が途切れる時刻だというのに、商店街はまだ賑わっていた。店先に置かれた古いラジカセから、クリスマスソングが大音量で流れている。 通りに並ぶケーキ屋から、大きな箱を抱えた少年が飛び出してきたので、伊知郎はそっと避けてやった。謝る母親に軽く手を上げ会釈すれば、持った買い物袋がガサリと鳴った。 傍らに立つ綾乃は、クリスマスにはしゃぐ子どもとその母親を、じっと見送っている。 その表情は幸せそうで……微笑ましく思うと共に、少しだけ心苦しくも感じた。 ――卒業してから、日々が飛ぶように過ぎてゆく。 大学で学びながら仕事もし、さらに能力者としての依頼もこなさなければならない伊知郎は、とても多忙だった。綾乃には普段、寂しい思いをさせてしまっている。 せめてクリスマスくらいは、と思ったのだが……綾乃の実家は神社。大々的にクリスマスを祝うわけにはいかないし、家族を大事にする彼女の気持ちは尊重したい。 例えいつもと変わらぬ買い物でも、一緒に過ごせるだけで十分だろうか。 などど、つい、歩きながらもの思いに耽ってしまっていたらしい。ふと視線を感じて隣を見れば、当の綾乃が、気づかわしげにこちらを見つめていた。 「ごめんね、今日くらいはゆっくりさせてあげたかったんだけど」 一緒に買い物するくらいは許してもらえるよね……と思ったのだと、ほんの少し申し訳なさそうに続ける。 綾乃の心配をしているつもりが、逆に案じられていたとは。 とっさに何か言葉を返そうとした時。わあっと、綾乃が歓声をあげて前方を指差した。 「伊知郎、見てみて、すごく綺麗……!」 見れば……帰り道にある広場が、星を散らしたように輝いていた。 沢山の木の枝で、とりどりのオーナメントが揺れている。次々と色を変えるイルミネーションに照らされて、胸が躍るような美しさだった。 ぱっと広場まで駆けてゆき、綾乃は綺麗、綺麗とはしゃぎ出す。伊知郎が追い付けば振り向いて、にっこりと嬉しそうに言った。 「うん、パーティーとかは出来ないけど、一緒にこれが見れただけでも十分かな」 不意に。そんな綾乃が愛しくてたまらなくなって――抱き寄せた。 長く外を歩いたせいで、綾乃の全身はすっかり冷えていた。髪に頬を寄せ、暖めるように強く抱き締める。 何か……気の利いた言葉でも。 一瞬そう考えるが、何を言っても、言い訳がましくなってしまう気がした。 だから、たった一言。 「綾乃、愛している」 混じりけのない、純粋な言葉を囁いた。 突然の事に驚き、「人に見られたら……」と顔を赤くしていた綾乃は、その瞬間、打たれたように目を丸くした。 それから……ゆっくりと振り向き、とろけるような笑みを零した。 「私もだよ」
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